8.1 概観 8.9 Nに向かって
8.2 Nについて 8.10 Nに従って
8.3 Nに関して 8.11 Nに応じて
8.4 Nに対して 8.12 Nとして
8.5 Nにとって 8.13 Nと一緒に
8.6 Nによって 8.14 Nと共に
8.7 Nにおいて 8.15 その他
8.8 Nにかけて
8.1 概観
格助詞相当句というのは、格助詞のような働きをする語句のことで、例えば「Nについて」「Nに対して」などを言います。
「後置詞」と呼ばれることもありますが、後置詞という用語は言語学で使われ始めた言い方で、英語などのヨーロッパ語の「前置詞」に対して、日本語の助詞のように名詞の後ろに付けて動詞との関係を表わす形式に付けられた名前です。つまり、格助詞が後置詞となるわけです。
この本ではいちおう格助詞とは別にして、複合的・慣用的なまとまりとなったものを扱いたいので、格助詞相当句と呼ぶことにします。(複合格助詞とも言われますが、格助詞の一種としてふつうの格助詞と並べることには無理があります。「格」を示しているとは言いがたいからです。)
格助詞相当句の役割は、格助詞だけでは表わせないような動詞と名詞の意味関係を示したり、多義的な格助詞の一つの意味をはっきりさせることなどです。次の例を見てください。
1 日本の経済について話す
2 その提案に対して反対する
「話す」は[人が人にことを話す]というような動詞型ですが、
3×日本の経済を話す。
とは言えません。「を」を使いたければ、
4 日本の経済のことを話す
とするしかありません。そのかわりに、1のように「~について」を使う言い方もよく使われます。このように、「~について」のような格助詞相当句は、格助詞の足りない部分を補う働きがあります。
これに対して、2のほうは単に「Nに」としても同じです。
2’ その提案に反対する
格助詞「に」はきわめて多義で、逆に言えば、それ自体ははっきりとした意味合いを示しにくいものですから、「に対して、に関して」などを使って意味を明確にするのです。
5 その提案について、意見を言う
その提案に関して、意見を言う
その提案に対して、意見を言う
「に対して」の場合は、「対抗・反対」の意見であることが暗示されます。
「文体の違い」によって格助詞と使い分けられるものもあります。
講堂で卒業式を行います。
講堂において卒業式をとり行います。
これは、特に意味的な差があるわけではなく、文体を多少硬く、重くするためだけのものです。(→「22.文体について」)
格助詞と同じように、「の」を伴って名詞を修飾をするものもあります。
その提案についての意見
NにとってのN NからNにかけてのN
動詞が元になっているものが多く、動詞としての名詞修飾の形になるものもあります。
その提案に関する意見(に関して→に関する)
軍隊による制圧 規則に対する不満
日本における民主主義
けれども、動詞としてそのまま使えるものは少ないです。
×彼の意見はその提案に関し(てい)ます。
では、格助詞相当句のいくつかをそれぞれ見て行くことにしましょう。
8.2 Nについて
文章中によく使われるほか、文章や講演の題などにもなります。ある物事それ自体またはそれに関係のあることがらを、その動詞の対象として表します。言語・思考に関する動詞または名詞(例えば、「話・考え・本・資料」とともに使われます。
日本の経済について話をしました。
彼はこの問題についてよく知っています。
格助詞の「を」に近い用法ですが、「を」とともに使われることもあります。
日本の経済について、くわしいことを話しました。
私は、この問題について初歩的なことしか知りません。(を→しか)
この場合は「Nを」よりも広い範囲のことを示します。
×日本の経済を、くわしいことについて話しました。
次の例の「を」との使い分けに注意してください。
この問題を議論しました。
×この問題を議論をしました。(二つの「を」)
この問題について、議論をしました。
この問題について、意見を述べました/本を書きました。
次の例では「を」とはまったく違うものになります。
政府の対応について、様々な議論がありました。
新製品について、多くの意見が寄せられました。
新人の募集については、いろいろと裏話があります。
格助詞と同様に「は」や副助詞をつけることができます。
それについては、この本がくわしいです。
当面の問題についてだけ、話します。
「Nについての」の形で名詞を修飾します。
この問題についての意見 国際問題についての本
堅い言い方・書きことばでは「Nにつき」の形にもなります。
御指摘の件につき検討いたしました結果、~
かなり丁寧な文体では「Nにつきましては」という形も使われます。
その点につきましては、現在の段階では何とも申し上げられません。
なお、次のような「Nについて」「Nにつき」などは、まったく別のものなので、注意が必要です。
まず、「その人の下(もと)で」の意味の「Nについて」。
先生についてピアノを習います。
次のものも「それごとに」の意味で、別です。
レッスン一回について、千円ずつ払います。(一回につき)
次の「Nにつき」は、理由の「Nのため」に近いものです。
(その問題に関しては)まだ協議中につき、お話しできません。
8.3 Nにかんして
「Nについて」に非常に意味が似ていますが、もう少し広く、漠然とした関係です。「そのこと・ものに関係のあるようなことを」です。「しか」などが付けられることも「Nについて」と同じです。少し硬い、改まった言い方です。以下の例は「Nについて」でも言えます。
この点に関して、何か質問はありませんか。
この問題に関して、会議を開きます。
彼の行動に関しては、我々は一切関知しません。
自分で調査した部分に関してしかお話しできません。
「N(のこと)を」「Nについて」と少し違う例。
自分の親のことを作文に書く
自分の親について作文を書く
自分の親に関して作文を書く
この場合は、「について」はほとんど「のことを」と同じですが、「に関して」はぴったりしません。「自分の親」が作文の主題そのものでなければならないからでしょう。「に関して」ではその周辺の事柄になってしまいます。
名詞を修飾する場合は、「Nに関しての」よりも「Nに関する」という形になります。もともとの動詞性がまだ生きているわけです。
パソコンに関する知識 俺に関する噂(筒井康隆)
言語・思考に関する動詞(?についての)
硬い文体では「Nに関し」となります。
本件に関し、異議のあるものは三日以内に申し出ること。
また、より丁寧な文体では「Nに関しましては」の形があります。
本件に関しましては、皆様方に十分ご検討頂きましたのちに、~
8.4 Nにたいして
「Nに」の意味の一つをよりくわしく表します。「それに対面・対抗して」という意味合いです。心的態度やその表明としての行動・言語行動などを表す述語が後に来ます。
国民は政府の政策に対して反対しています。
調査の結果に対して、疑問があります。
彼女は、上司に対しても、はっきりものを言います。
名詞の修飾は「Nに対するN」の形です。
目上に対する敬語の使い方
丁寧な形として「Nに対しまして」の形があります。
名詞節を受けることもできます。この用法は「55.その他の複文」でとり上げます。
Aが赤であるのに対して、Bは白である。
8.5 Nにとって
これも「Nに」の意味の一つに重なっています。「そのNの立場から考えると」というような意味合いです。後には評価を示す述語が来ます。
私にとって、家族が何よりも大切です。(私には)
留学生にとって、日本語の力は欠かせません。
日本経済にとっては、アメリカの動きが決定的です。
連体修飾の形は「Nにとっての」です。
私にとっての大問題も、他の人にはささいなことです。
丁寧な言い方「Nにとりまして」があります。
私(わたくし)にとりましても、重要な問題でございます。
8.6 Nによって
「Nが原因となって」の意ですが、述語が無意志の場合は原因、意志的な場合は手段、または判断の根拠となります。「Nで」に比べると書きことばです。
A 道具の使用によって、人類は他の動物を征服しました。
この資料によって、新たな問題が明らかになりました。
辞書の使い方によって、学力に差ができます。
B 新しい材料によって、新製品を作ろうとしています。
この企画によって、製品の知名度を上げたい。
C スピーチの内容によって、点数を付けます。
その日の天気によって、着ていく服を決めています。
Aの「辞書の使い方」の例や、Cの例のように、「それぞれの違い」が原因あるいは根拠となる場合をもっと一般化すると、次のような「Aが違うとBも違う」という表現になります。
D 人によって性格や好みが大きく違います。
国によって文化は様々です。
それぞれの考え方の違いによって、行動の違いが生まれる。
時と場合によって、ことばづかいを変えなければなりません。
連体修飾の形は「Nによる」です。
科学の発達による生活の変化
優れた演出による名演
文化の違いによる摩擦
民族による文化の違い
元の動詞としての用法、つまり文の述語としても使われます。
人類の進歩は、言語の使用によります。
体育の授業の内容は、その日の天気によります。
職場の雰囲気の違いは、上司の人柄によります。
それは、時と場合によります。
「こと」を使った名詞節を受ける場合も多いです。(→「57.名詞節」)
こうすることによって、大きな変化が起きた。
受身文で「元の文」の動作の主体を示すために使われる「によって」もあります。(→「25.1 受身」)
この寺は信長によって打ち壊されました。
8.7 Nにおいて
「Nで」に近い用法ですが、書きことばです。場所・時間を示すのが基本ですが、抽象的な範囲や判断の基準なども表します。
会議は東京において開かれました。
この現代において、どう生きるか。
次の委員会において討議される予定です。
このような状況において、どのような選択が可能か。
事実関係の点において誤りがあります。
この基準の条例化においては、慎重な討議が必要である。
私の責任において、計画を実行しました。(で/によって)
連体修飾の形は「Nにおける」です。
現代における哲学の課題
担当者における判断の誤り
丁寧な「におきましては」という形も使われます。
8.8 Nにかけて
「NからNにかけて」の形で、場所・時間の範囲を「NからNまで」より漠然と示します。その二つの名詞が広がりを持つ場合、必ずしもそれぞれの全部が範囲になるわけではありません。
東京から横浜にかけて大雨が降っています。
三月から四月にかけて、海外旅行に行きます。
このおもちゃは、去年から今年にかけて爆発的に流行しました。(今年と去年の 一部ずつ)
連体修飾の形は「Nにかけての」です。
九州から四国にかけての一帯で大きな被害があった。
八世紀から九世紀にかけての一時期に爆発的に広まった。
8.9 Nにむかって
元の動詞の意味がかなり生きている例です。元の動詞「向かう」は「体を向ける・その方向へ進む」などの意味があります。Nが場所の時は「Nの方へ」の意味になります。Nが人の場合は「Nに対して」に近くなります。
壁に向かって立ってください。
丘の頂上に向かって歩き始めました。
親に向かって何てことを言うんだ。(親に対して)
時代は戦争に向かって進んでいた。
ふるさとの山にむかいて言うことなし
「向かう」の他動詞「向ける」を使った「Nに向けて」という表現もあります。
彼は、彼女に背を向けて立っていました。
一行は次の目的地、韓国に向けて出発した。
8.10 Nにしたがって
動詞「従う」は「あとにつく・服従する・その通りにする」などの意です。その意味が生きています。
あの人にしたがってどこまでもついて行きます。
パソコンを説明書にしたがって組み立てました。
監督の指示にしたがって守備位置を変えました。
矢印にしたがって進んでください。
動詞を受ける用法もあります。時間的変化「につれて」の意味になります。
時間が立つにしたがって、景気は回復してきました。(→「54.3」)
8.11 Nにおうじて
Nの変化に合わせて、それにうまく対応できるような行動が述語で示されます。
相手の出方に応じて、こちらのやり方を考えます。
お好みに応じて塩の量を加減して下さい。
時と場合に応じて服装を変えます。
予算の額に応じてさまざまな品物が用意してあります。
連体修飾の形は、「Nに応じたN」という過去形を使います。
能力の違いに応じた給与
次の例は、格助詞相当句ではなく、元の動詞「応じる」による連体節です。
組合の要求に応じる姿勢を見せた。
8.12 Nとして
資格・立場などを表します。「AがBとして」「AをBとして」などの場合のAとBには、「AはBだ」という意味的な関係があります。
私は前回は旅行者として来たが、今回は留学生として来た。
この本は、日本語の体系的な文法書として最もいいものです。
言語学は趣味としてはいいですが、仕事としてはちょっと・・・
これは、着物の帯としては少し短いですね。
次の例は、「彼は、彼の立場では、~」とも言えます。
彼の立場としては、あのように言うしかないでしょう。
次の例では「として」はなくても言えます。どう違うかと言うと・・・、何とも難しいところです。
私としては、特に反対するつもりはありません。
連体修飾の形は「Nとしての」です。
教師としての立場からいえば、電子辞書は好ましくない。
丁寧な形、「としましては」「といたしましては」があります。
この件に関しては、私としましても、困っておるしだいです。
当社といたしましては、値上げの予定はございません。
8.13 Nといっしょに
「Nと」の用法の一部と重なります。その意味であることをはっきりさせたいときに使われます。
彼女と(いっしょに)買い物に行きました。
子供と(いっしょに)遊びました。
上の例は「Nが」と同じ動作をするのですが、「Nを」と同じ動作を受けることも表せます。
肉を野菜といっしょに炒めます。
ハンコは通帳といっしょにしまわないほうがいいですよ。
「Nに」など、その他の補語はできません。
×奥さんに(も)ご主人といっしょに頼みました。(「奥さんとご主人に頼む」の意味で)
ただし、次のような場合は表面上は「Nに」の形になります。
奥さんにもご主人と一緒に来てもらいました。
これは、「ご主人が来る」→「奥さんがご主人と一緒に来る」を元にして、
奥さんに[(奥さんが)ご主人と一緒に来]てもらう
のような構造を持っていると考えます。つまり、「といっしょに」は「Nが」とともに使われていると考えます。「V-てもらう」という複合述語は、今述べたような二重構造を持っていると考えられます。(→ 25.7)
「相互関係」をとる述語とは使えません。
恋人とけんかをしました。
×恋人といっしょにけんかをしました。
次の例では「いっしょに」がなければ「戦った」相手で、あればチームメートになります。
彼女と決勝戦を戦った。/彼女といっしょに決勝戦を戦った。
8.14 Nとともに
「いっしょに」の意味の硬い表現ですが、時間の変化「につれて」の意味もあります。人や動作性の名詞を受けます。
実習期間中は常に先輩と共に行動しました。
この地で、家内とともに50年を過ごしました。
国家の崩壊とともに、民族の対立が始まった。
事態の進展とともに、意外な事実が明らかになりました。
動詞を受けて節を作る用法もあります。(→ 54.3)
台風が近づくとともに風雨が強くなってきました。
8.15 その他
格助詞相当句はまだまだありますが、すべてをとりあげることはできません。あとは例をいくつかあげるにとどめます。動詞を受ける用法があるものは、複文の「54.3 格助詞相当句」を見て下さい。
[Nにあたって/あたり](→54.3)
ある特別な機会に、という意味を表します。特に何かの始まり・終わりに、ということが多いです。改まった表現です。名詞修飾は「NにあたってのN」の形になります。
探検隊の出発に当たって、壮行会が催されました。
卒業に当たっての感想を聞いた。
[Nにさいし(て)](→54.3)
「にあたって」と同じように使われます。名詞修飾は「Nに際しての」の形になります。
開会に際して、会長が一言あいさつをしました。
この危機的状況に際し、我々は何をすべきか。
[Nにそって]
何か長いものに並行して存在・行動する意味と、基準に従う意味があります。
海岸に沿って多くのホテルが並んでいます。
線路に沿って歩いていきました。
この方針に沿って、研究を進めます。
[Nにつれ(て)](→「54.3」)
Nの変化が述語で表される変化を引き起こします。「Nによって/にしたがって」と近い用法です。動詞を受ける用法が重要ですが、動作性名詞を受けた形もよく使われます。
台風の接近につれて、風が強くなりました。
子どもの成長につれて、親も成長する。
[Nにともなって/ともない](→54.3)
上の「Nにつれて」と近い意味です。「Nに伴いまして」という丁寧な形も使われます。名詞修飾は「Nに伴うN」です。
経済の悪化に伴って、失業率が上がってきました。
経済の悪化に伴う失業率の上昇
会社の発展に伴いまして、従業員数も大きく増加して参りました。
[Nにはんし(て)]
将来のことに関する人の予測などを表す名詞について、それと反対の結果になることを表わします。「Nに反する/反した N」の形で名詞を修飾します。
予想に反して、多くの人が反対しました。
期待に反した結果になりました。
事態は私の意志に反して動いていった。
[Nにもとづいて/もとづき]
「それをもとにして」という意味を表します。名詞修飾の形は「Nに基づく/基づいたN」になります。
新たな調査に基づいて、販売計画を修正しました。
豊富な経験に基づいた意見は説得力があります。
[Nにわたって/わたり]
期間・空間や回数を表す語の後に置かれ、その範囲全体で述語の動作が行われることを表します。
我々は長期間にわたって野生動物の観察を続けた。
予備実験を数回にわたって行いました。
彼の足跡は広い範囲にわたり、ほとんど日本全土を訪ね歩いた。
[をのぞいて/のぞき]
例外をあげて、他のものはそれに該当することを述べます。
私を除いて、他の人はみな既婚者です。
名詞修飾は「Nを除く/除いた N」となります。
アメリカを除く他の国々はみな反対しました。
[Nをはじめ]
いくつかのものの代表を示します。「Nを初めとして」の形もあります。
東京を初め、多くの都市が同じ問題に悩んでいます。
[Nをめぐって/めぐり]
「Nに関して」に近い意味です。
人種差別の問題を巡って、議論が夜まで続きました。
名詞修飾の形は「NをめぐるN」となります。
公共事業をめぐる汚職事件
[Nをつうじて]
情報が通ってくる所を示します。
インターネットを通じて、多くの情報が集まりました。
細かい連絡は秘書を通じてお願いします。
もう一つ、ある一定の期間ずっと、という意味を表します。
この地方は、一年を通じて暖かいです。
[Nをとおして]
上の「Nを通じて」とほとんど同じ使い方です。
役所の友人を通して、市長に面会を申し込んだ。
彼女は、生涯を通して貧しい人たちのために献身的に働いた。
[Nと/に くらべ(て)]
二つの名詞を比較する表現です。「Nより」で言い換えられます。
弟は兄と比べて少し気が弱い。(兄より)
以前に比べ、参加者が多少増えてきました。(以前より)
[Nとちがって/ちがい]
動詞の元の意味がそのまま生きています。名詞修飾は「Nと違う/違った N」となります。
夫と違って、私は現在の社会に批判的です。
私は、政府とは違う/違った 意見を持っています。
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