33.1 V-たほうがいい
33.2 V-ないほうがいい
33.3 V-るほうがいい
33.4 V-と/ば/たら いい
33.5 V-たら/ては どうか
「32.勧誘・意志」の中にも「V-ましょう」「V-ませんか」という「勧誘」の表現がありましたが、これは主に「いっしょに」という「誘い」の意味合いが強いものでした。これに対して、これから見る文型は「聞き手が~する」ことを勧める文型です。そして、それが望ましいことだ、という積極的な評価を含むものです。
初級教科書で必ずといっていいほどとりあげられる文型に「V-たほうがいい(です)」があります。「~ほうが」はもともと比較の表現ですが、動詞、特にそのタ形と結び付いて「忠告」という意味合いを持つ特別な表現になります。それと、対応する否定の形、基本形を使った形、の三つの形をまず見ます。それから、他の「勧め」の表現、「V-たらいい」などを見ます。
33.1 V-たほうがいい(です)
33.1.1 形と変化
動詞のタ形に接続します。基本形に接続した形「V-るほうがいい」は別の文型としてあとで考えることにします。それ自身の過去の形「V-たほうがよかった(です)」もあります。
否定の形「×V-たほうがよくない」はありません。否定は前につきます。そして、「×V-なかったほうがいい」ではなく、「V-ないほうがいい」になります。
33.1.2 用法
広い意味では「勧め」の表現に入りますが、とくに「忠告」の表現と呼ばれます。話し手が聞き手にたいして、聞き手のためになると思うあることを勧める表現ですが、場合によってはかなり強い意味合いになり、指示・または命令に近くなります。社会的・常識的にそうするのが当然であったり、話し手が立場上そのような忠告を聞き手に対してすることのできる場合に限られます。
病院に行ったほうがいいですよ。
警察に連絡したほうがいいですね。
あの人の言うことは聞いたほうがいいよ。(先輩の同僚が後輩に)
しばらく運動は控えたほうがいいですね。(医者が患者に)
ですから、学習者はこの文型の形・作り方以上に、使い方・使用制限に注意を払ったほうがいいでしょう。
聞き手に対してあることを主張する文になりますから、「よ」が多く使われます。また、「よ」と同じ意味合いの「ね」も使われます。
この「忠告」は、当然聞き手に対するものですから、「あなたは」のような主体を言わないのがふつうです。もちろん、特に他の誰かと対比する場合は別であることは「命令」などと同じです。
彼が行かなくても、あなたは行ったほうがいいですよ。
動作だけでなく、意志的に継続できる状態にも使われます。
ここにいた/おとなしくしていた ほうがいいですよ。
日本語教科書の「V-たほうがいい」は、聞き手に対する忠告としての使い方が前面に出ていますが、もっと一般的に、聞き手に向けたものでなく、一般的にそういうことが言える、という用法が基本にあります。
熱があるときは、寝ていたほうがいいです。
これからの若い人は、外国語をよく勉強したほうがいい。
このような一般的な話の場合は、「よ」や「ね」がなくても言えます。
また、一般的にそうである、ということを言って、「だからあなたも~したほうがいい」ことを示唆することもあります。上の例もそうとれます。
聞き手に対するものでなく、話し手自身の考えを述べる場合。話し手自身のこと、意志的でない動き・状態についても言えます。
私も行ったほうがいいのかなあ。
私みたいなのは早く死んだほうがいいんですね。
お金はたくさんあったほうがいいですね。もちろん。
結婚式は、やっぱりお客さんをたくさん呼んだ方がいいですね。にぎやかで。
(結婚式の一般論として)
次の「は」と「が」の微妙な違いに注意して下さい。
a あなたはここに残ったほうがいい。
b あなたがここに残ったほうがいい。
aは聞き手に対する忠告で、「ここに残る」ことは聞き手にとってよい結果をもたらすという話し手の判断を聞き手に告げています。
しかし、bは、「あなた」つまり聞き手にとって「いい」のではなく、私、またはその場の状況にとって、「あなたがここに残る」ことが望ましい、という意味です。
第三者について言うことは少ないですが、次のように言うことはできます。
彼自身が取りに行ったほうがいいでしょうね。
日本政府は、軍備を早く止めた方がいい。
その主体の取るべき行動についての話し手の判断を表します。ここでも主体につける「は」と「が」の違いがあります。
a 彼はここに残ったほうがいい。 (彼にとって)
b 彼がここに残ったほうがいい。(彼女が残るより)(私には)
c 彼はここに残ってくれたほうがいい。 (私には)
aでは「彼」にとって望ましいことだ、というのがまず感じられる意味でしょう。「私(たち)」にとって、という解釈も可能だとは思いますが、その場合にはcのように「~てくれる」などを使ってはっきりさせたほうがいいでしょう。bのように「主体+が」とすると、他の誰か、ふつうは話し手にとって望ましいことだ、という意味合いになります。この「誰にとって」ということをはっきり述べることもできます。
君にとっては、彼が残ったほうがいいんじゃないか?
[A-る/ない より、B-たほうがいい]
「~より」という形を使って、他の動作、あるいはそうしないことと比べて、そうすることを勧める形にすると、複文の「比較」の文型に近くなります。(→「53.2 比較」)
何もやらないより、どんな小さなことでもやったほうがいい。
この絵は、そこに置くより、こっちに掛けたほうがいいでしょう。
この場合、比較の対象となる動作(状態)にはナイ形や基本形が使われています。また、
電気製品は、普通の店より、特売店で買ったほうが安いです。
のように「~ほうがいい」ではなくて「~ほうが安い」とすると、「買う」主体は聞き手だけではなく、一般的な人を含み、もはや「忠告」ではありませんが、純然たる「比較」でもありません。なぜなら「~たほうが~」とタ形が使われているからです。純然たる比較の場合は、
新しい単語を覚えるより、前に習った単語を忘れるほうが速い。
のように「×忘れたほうが速い」とはできません。
「~たほうが」にすると、それが何かその人にとって好ましいことである、(だから「勧める」のです)という意味合いになるようです。上の「電気製品」の例を見てください。「安い」という形容詞が、買い手にとって好ましいことであるので、「~た」が使われうるのです。
「単語を覚える」の例と同じ動詞「忘れる」で同じような例を作ってみると、
恨んで仕返しを考えるより、忘れたほうがはやいよ。
のような例が考えられます。この場合は「はやい」ほうがいいことなのです。
就職するより、学生でいたほうがいい。
連休は遠出するより、うちで寝ていたほうがいい。
「V-たほうがいい」という文型のもう一つの特徴は、疑問語を使った疑問文を考えると、ちょっと適当な言い方がないということです。
×こんな時は、どうしたほうがいいですか。
?バスに乗るのと、歩いて行くのと、どちらをしたほうがいいですか。
(「~どちらがいいですか」は、名詞節どうしの比較構文)
このことは、あとで「V-たらいい」という文型を考えるときにまたとりあげます。
「するかしないか」というだけの場合なら、次のように言えます。
病院へ行ったほうがいいですか。
[~ほうがよかった]
「V-した/しない ほうがよかった」という形は、過去に実際にはそうしなかった(そうした)ことについて、それをした(しなかった)場合を仮想して、それがより好ましい、ということを表しています。
ちゃんと切符を買ったほうがよかったのに。
正直に言ったほうがよかったね。
こんなことなら、来ないほうがよかったね。
すぐ次でとりあげる「V-ばいい」の過去の形、「V-ばよかった」のほうがよく使われます。
ちゃんと切符を買えばよかったのに。
33.2 V-ないほうがいい
「~たほうが」の否定に当たります。あることをしないことが聞き手のためになると話し手が思って、聞き手にそうしないことを勧める表現です。
あんまりお酒を飲みすぎないほうがいいですよ。
この仕事は引き受けないほうがいいですよ。大変そうだから。
あの人には言わないほうがいいですよ。おしゃべりだから。
一般的なこととして言う例。
人のことを不用意に批判しないほうがいい。
運動をするときは水を飲みすぎないほうがいい。
比較の対象となる動作(状態)のある例。
下手ないいわけをするより、何も言わないほうがいいですよ。
けちって少し出すより、いっそぜんぜん出さないほうがいい。
たばこは、吸わないほうがいいのではなくて、吸ってはいけないのです。
「V-なかったほうがいい」という形は使われませんが、「~よかった」とすると、言う場合があります。「V-ないほうがよかった」と同じ意味です。
あんなに早く買わなかったほうがよかったんだなあ。
私なんか、生まれてこなかったほうがよかったのよ。
そのことは望ましくないことだった、という意味合いです。
33.3 V-るほうがいい
過去の「た」と区別するために「V-る」とします。初級でよく出される「~たほうがいい」と比べて、この基本形の形はあまり話題になりません。使用頻度が少ないことと、「いい」以外の一般の形容詞が使われた「比較」の文型に近くなってしまうからでしょう。
しかし、「たほうがいい」と同じような意味で使われることがあります。
君も行くほうがいいよ。
友達はたくさんあるほうがいいですよ。
話し手が主体の場合。
「遊びに行かないの?」「ビデオで映画を見ているほうがいいさ」
比較の対象を「より」ではっきり示すと、
遊びに行くよりビデオで映画を見ているほうがいい。
となります。
33.4 V-ば/と/たら いい(です)
何か助言をしたり、求めたりする場合の表現として、よく使われる形です。「タラ形」「バ形」という新しい活用形が使われます。「タラ形」のほうはタ形に「ら」をつけるだけですから、慣れればかんたんですが、「バ形」のほうはちょっとめんどうです。
バ形の作り方
五段動詞 基本形の -u を -eba に換える
書く→ 書けば 泳ぐ→ 泳げば 会う→ 会えば
話す→ 話せば 打つ→ 打てば 遊ぶ→ 遊べば
読む→ 読めば 取る→ 取れば 死ぬ→ 死ねば
一段動詞 語幹に -reba を付ける
見る→ 見れば 寝る→ 寝れば
不規則動詞
来る→ くれば する→ すれば
では、助言を求める表現の例から見ます。
わからなくなったときは、どうしたらいいですか。(パソコンで)
駅へはどう行ったらいいんですか。
こういう場合、どうすればいいでしょうか。
あのとき、どうすればよかったのかなあ。 過去
それに対する答え方は、例えばそれぞれ、
それはかんたんです。ここを押せばいいんです。
この道をまっすぐ行けばいいんです。
この薬を飲むといいですよ。
早く帰っちゃえばよかったんですよ。
となります。聞き手にある行動を勧める言い方です。その点で、「V-たほうがいい」につながる表現です。
質問の基本的な形は、
どうすれば/したら いいですか
で、答えのほうは、
V-ば/たら/と いいです
答えのほうで「V-と」が増えていることに注意してください。逆に言えば、「×どうするといいですか」という言い方はないということです。
この3つの形の違いはあまり大きくありませんが、「~といい」がいちばん勧めらしい勧めです。「これがいちばんいいですよ。お勧めですよ」という言い方です。「ぜひ」という副詞を使うことができます。「~しないといい」という否定の形が言いにくいところも違います。
その問題については、この本を読むといい。
やせたかったら、ぜひこの薬を飲むといいですよ。
?勉強が嫌いだったら、高校なんて行かないといいさ。
それに対して「~ばいい」は、「その問題には、この解決法で十分だ」あるいは、「そうするしかない」という消極的意味から、「そうすべきだ。どうしてそうしないのか」という非難めいた意味合いまであります。
そんな金は、親から借りればいいんだよ。
勉強が嫌いだったら、高校なんて行かなければいいさ。
大学の授業料なんて、どぶに捨てたと思えばいいさ。
そんなこと言うなら、初めからしなければいいのに。
×やせたかったら、ぜひこの薬を飲めばいいですよ。
「すれば」は話しことばで「すりゃ」となることがあります。
どうすりゃいいのさ思案橋
「~たらいい」は、ふつうの勧めでは「~ばいい」とほぼ同じですが、あとで見る「~たらどうですか」という言い方がある点が、他の二つと違います。
これらの勧めの表現が「願望」、つまり起こりそうもないことの実現を願うことを表す場合があります。
あんな奴、死ねばいいんだ。
これが夢なら、さめてしまえばいい。
これが夢なら、ずっとさめないといい。(願望は「~ないと」も可)
あんな奴、しんじまうといい。(しんじまう=死んでしまう)
学校なんて、燃えちゃったらいいんだ。
「~よかった(のに・のだが、など)」という過去の形にすると、実際はそうしなかったことに対する後悔・不満の意味が出ます。
はっきり言ったらよかったのに。
おまえも来ればよかったんだよ。
あの宝くじ、奴にやらなきゃよかった。
交渉がうまくまとまるとよかったのだが。
33.5 V-たら/ては どう(です)か
また、答え、つまり勧めの表現として、
V-たらどう(です)か
という、逆に疑問文で問いかける言い方もあります。
彼女に聞いてみたらどうかなあ。知っているかもしれないよ。
悩んでいるより、まず相手に会ってみたらいかが/どうですか?
それでは、このようにしたらいかがでしょうか。
こうしてみたらどうかなあ。
積極的な勧めではなく、一つの例を出すだけで、判断は聞き手に任せています。内容・言い方にもよりますが、押しつけがましくない「勧め」です。「V-てみる」の形とよくなじみます。
一方、この形はかなり強い非難にもなります。
自分でやってみたらどうですか。文句ばかり言ってないで。
いい加減にやめたらどう?
ご自分でおやりになったらいかが?
「V-たら」だけでも同じ意味(勧め・非難)を表せます。ただし上昇調で。
電話かけてみたら?
少しは勉強したら?
「V-ば」も同じように使えますが、
誰かに聞いてみれば?
この場合は、「~どう?」の省略というより、「V-ばいいんじゃない?」のような形の省略と考えられます。
誰かに聞いてみればいいんじゃない?
?誰かに聞いてみればどうですか。
とすると、腹を立てて非難しているようです。
「V-てはどう(です)か」は、「たら」と同じ意味ですが、少し硬い言い方です。非難の意味合いにはなりにくいようです。
先に荷物を送ってもらうことにしてはいかがでしょうか。
ちょっと試してみてはいかがですか?
ここで、考え方を変えてみてはどうか。つまり、・・・
[「V-たほうが」との比較]
さて、以上の「勧め」の表現と、「V-たほうがいい」との関係を考えてみましょう。
ある問題が起きた場合に、何をするか質問するには、「どうすれば/どうしたら いいですか」が使いやすい表現です。
道に迷ったら、どうすればいいですか。
わからなくなったときは、どうしたらいいですか。
その答えとしては、いろいろな形がありえます。
誰かに聞いたほうがいいです。(悩むより、勝手に判断するより)
誰かに聞けば/聞いたら いいんです。
誰かに聞いてみるといいですよ。
誰かに聞いてみたらどうですか。
誰かに聞くのがいちばんいいです。
誰かに聞いてください。
誰かに聞いてみましょう。
「V-たほうが」は、それと比べる何か別の選択があって、それよりは、という気持ちがあります。
また、「するかしないか」という選択の場合も同じです。
「医者に運動するように言われたんですが」
「そりゃ、したほうがいいですよ」(?すればいいですよ)
「V-ば/たら/と いい」は、ごくふつうの勧めの表現です。いろいろ考えられる中から、いいと思うものを勧めます。
「~どうですか」と質問の形で返すのは、いちおう相手に選択の余地を与える形です。「~どうでしょうか」とすればもっと柔らかくなります。
「V-といちばんいい」などの言い方もできますが、「V-のがいちばんいい」という形でも使えます。これは「53.2 比較」でまたとりあげます。
「勧め」の用法がある「V-てください」と「V-ましょう」の言い方も並べてみました。こう並べてみると、実にいろいろな言い方があることがわかります。
過去形で反省・後悔などを表す場合の、「~たら/ば」と「~ほう」の使い方も、以上のことと同じです。
ちゃんと切符を買ったほうがよかったのに。
ちゃんと切符を買ったらよかったのに。
正直に言ったほうがよかったね。
正直に言えばよかったね。
こんなことなら、来ないほうがよかったね。
こんなことなら、来なければよかった。(こなきゃよかった)
「する/しない」という二つの選択があって、よくない方を選んだことの反省が「V-たほうが」で、特にそうでなければ「すれば/したら よかった」となります。
文献
阪田雪子・倉持保男 1993『教師用日本語教育ハンドブック 文法II 改訂版』国際交流基金
森田良行・松木正恵 1989 『日本語表現文型』アルク出版
森山卓郎・安達隆一 19 『セルフマスターシリーズ6 文の述べ方』くろしお出版
今井新悟1990「シタ方ガイイとスル方ガイイの意味・構文的な違い」『日本語学科年報』12東京外国語大学
高梨信乃1995「条件接続形式による評価的複合表現-スルトイイ、スレバイイ、シタライイ-」『阪大日本語研究』7大阪大学文学部
高梨信乃1995「スルトイイとスレバイイとシタライイ」宮島他編『類義表現の文法(上)』くろしお出版
高梨信乃1996「条件接続形式を用いた<勧め>表現」-シタライイ、シタラ、シタラドウ-」『現代日本語研究』3大阪大学
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