16.2 不定語
疑問語に「か・も・でも」をつけたものを不定語と呼ぶことにします。何を指すかが定まっていない、不定である、という意味の呼び名です。
具体的な例は、次のようなものです。
だれか・だれも・だれでも
なにか・なにも・なんでも
どこか・どこも・どこでも
どれか・どれも・どれでも
どちらか・どちらも・どちらでも
疑問語との組み合わせによっては、「×なぜも」のように存在しない場合もあり、また「どうも・どうか」のように「どう+も/か」とは考えにくいもの、つまりもう分割できない一語と考えられるものもあります。
「+か」は、不定であること、はっきり指定(指示)できないことを表します。「+も」は全部がそうであること、「+でも」は任意の対象がそうであること、を表します。と言ってみてもよくわかりません。「+でも」の用法は後で考えてみることにして、まず「+か」と「+も」を考えてみます。
[格助詞との接続]
「+か」に格助詞が付く場合(つまり補語になる場合)、「が」「を」は省略できます。そのほかの格助詞は「か」の後ろに付きます。
だれか(が)来ました。
何か/どれか(を)買います。
どこかへ行きました。(話しことばでは「へ」の省略可)
どこかにあります。
だれかに渡しました。
どちらかで行います。(場所・方法)
「から」は二つの形が使える場合があります。
どこかから/どこからか 鐘の音が聞こえます。
「~からか」の形は、「~からかわからないが」のような述語の省略とも考えられます。そう考えると、この「~からか」は名詞節の一種になります。(→「57.4 ~カ(ドウカ)」)
「+も」「+でも」の場合は、「が」「を」は削除されます。ただし、「だれもが」という形も使われます。そのほかの格助詞は「も」「でも」の前に付きます。
だれもいません。 だれでも知っています。
だれもが賛成しました。
どれも読みました。 どれでも使えます。
どこへも行きません。 どこへでも行きます。
(話しことばでは「へ」の省略可)
だれにも頼みません。 だれにでもあげます。
どちらからももらいました。 どちらからでも入ります。
16.2.1 「+か」「+も」
[基本的用法]
不定語は、初級教科書の存在文の所でよく出されます。
箱の中に何かありますか。 教室に誰かいますか。
はい、あります。 はい、います。
何がありますか。 だれがいますか。
古い本があります。 学生がいます。
という応答が基本的な使い方です。
「何かありますか」は「あるかないか」を聞いているので、「はい」または「いいえ」で答えます。「何がありますか」は「何かがある」ことを前提にして、それが不明なので聞いているのです。
実際の応答では、
「箱の中に何かありますか」「はい、古い本があります」
と答える場合が多いと思いますが、これは上の応答を「縮めた」ものと考えられます。「あるかないか」を聞いたとき、その含みとして「何が」も聞いているのだと考えるからです。これは例えば、
時計、お持ちですか。
と言われたら、時計の有無ではなくて時間を聞かれたのだと考えて、
えーと、4時半です。
と答えるのに似ています。
もちろん、「何か・だれか」は疑問文だけでなく、平叙文にも使えます。
教室にだれかいます。(よく見えませんが、・・・)
否定文には使えません。否定疑問なら使えますが。
×だれかいません。
だれかいませんか。
[も+否定]
否定の答えで、
いいえ、何もありません。 いいえ、だれもいません。
のように「+も」の形が使われると、
いいえ、ありません。 いいえ、いません。
と言うのとは違って、まったくないことが強調されます。
上の「だれも」「何も」は否定と共に使われます。
×何もあります。 ×だれもいます。
ただし「だれもが」という形は肯定と使える例外です。「みんなが」と同じになります。「だれもかれも」「だれもみな」なども肯定と使えます。
だれも(かれも)が知っていました。 (×何もがありました)
同じように「何もかも」は肯定と使えます。
彼女は何もかも知っていた。 (×彼女は何も知っていた)
「どこ」の場合は少し複雑です。
どこにもありません。 (×どこにもあります)
どこへも行きません。 (×どこへも行きます)
ああいうやつらはどこの世界にもいますよ。
行楽地はどこも満員だった。
基本的には否定とともに使われますが、肯定と使える場合があります。その条件はわかりません。「どこもかしこも」は肯定と使えます。
肯定で言えない場合、どう言うかというと、あとでとりあげる「+でも」を使います。
何でもあります。
どこにでもあります。
どこへでも行きます。
「で」「と」「から」や「より」などでは特に否定と関係ありません。
この安売りはどこでもやっています。
誰ともすぐ仲良くなります。
彼女は誰からも愛されています。
どこよりもわが家がいちばん落ち着きます。
誰よりも誰よりも君を愛す
「どれも」「どのNも」「どちらも」などは補語の種類に関係なく、肯定とも使えます。対象が限定されているということが関係しているのでしょうが、よくわかりません。「どんなNにも」も肯定と使えます。
どれもおいしくありません。 どれも(みな)おいしいです。
どちらも知りませんでした。 どちらも食べてみました。。
どれにも付録が付いている。 どれからも検出されなかった。
どの家にもクーラーがある。 どの国の政治も安定していない。
どんな方にも合います。 どんな人にも欠点はある。
「どれもが」という形もあります。
作品はどれもがすばらしかった。
「どこ」も場所が限定されていると、肯定と使えます。
このリストの中の場所は、どこも行ったことがあります。
ただし、「どこへも」では言いにくいようです。
「いつも」は、一つの副詞と考えます。否定に限りません。意味的には「全部」を示してはいますが。「いつか」も一つの副詞です。
いつもいます/いません。
いつか行きます。
疑問語「どう」に「か」「も」を付けた形は、ふつうは副詞と考えられます。
どうかお願いします。
どうもありがとうございます。
しかし、次のような使い方もあります。
「どうかしたの?」「どうもしないよ」
これらの例は、「どうか」「どうも」の不定語としての用法と言えるでしょう。「どうも」は否定とともに使われます。次の例の「どうにか」「どうにも」も不定語と言えるでしょうか。「どうに」ということばはありませんから。
「困りましたね。どうしましょうか。」
「どうにかなるでしょう。いや、どうにかしましょう。」
「いやあ、どうにもなりませんよ」
「どんなにか」という言い方もあります。「とても」の意味です。
そんなことを言ったら、お母さんがどんなにか悲しむことだろう。
「どうしても」とか「なぜか」などは不定語とは言えません。一つの副詞と考えます。
[連体の疑問語]
なお、連体詞の疑問語は不定語になりません。(×どのか・どのも、など)
そのかわり、連体詞が修飾する補語の後に「も」をつけます。
どの小説もおもしろかったです。
どんなお酒も飲みません。
どんな人にもあげません。
同様に「疑問語+の+N+も」の形でも使えます。
どこの店にもありません。
だれの小説も読みません。
私には何の力もありません。
しかし、「か」は使えません。
?どの小説か読みましたか。
cf. 漱石の小説をどれか読みましたか。
?どの部屋かにありましたか。
cf. どこかの部屋にありましたか。
次のものは、形はにていますが、不定語の用法ではありません。
どんな小説か読んでみましたか。
これは「どんな小説(です)か」という疑問文が名詞節になったものです。(→「57.名詞節」)
[Nの[+か]]
不定語は「Nの」などの連体修飾を受けることができます。その不定語が指し示す範囲を限定することになります。
この中のどれかを差し上げます。
AとBのどちらかが正しい答えです。
学生たちのだれかに聞いてください。
ここにいただれかが持っていったらしい。
物理と化学のどちらも勉強したくない。
(物理も化学もどちらも勉強したくない。)
本棚に並ぶ本のどれもがほこりをかぶっていた。
そのニュースを聞いただれもが驚いた。
「+か」はいいのですが、「+も」のほうはちょっと言いにくいようです。
[[+か]のN]
「+か」は「の」をつけて連体修飾に使うこともできます。
教室にだれかのカバンがおいてあります。
これは何でしょう。何かのふたでしょうか。
彼女は今ごろどこかの町で幸せに暮らしているだろう。
先ほどのカードはどちらかの箱に入っています。
[連用修飾として]
これまでの例はすべて「+か」「+も」が述語の補語になっている例でした。初めに、「+か」が「補語になる場合」と書きましたが、もともとは数量詞のような連用修飾の要素です。
あそこにだれかいます。
ふくろの中に何か入っています。
というのは、
あそこに(人が)だれかいます。
ふくろの中に(ものが)なにか入っています。
だと考えられます。ちょうど、
この作業には3時間かかります。
この作業には(時間が)3時間かかります。
この作業には3時間(の時間が)かかります。
に似ています。
数量詞のように、「+か」も名詞(句)の前後に来ることができます。ただし、「の」は使いません。
あそこにだれか怪しい男が立っています。
ふくろの中に何か固い物が入っています。
だれか手伝ってくれる人はいませんか。
何かおいしい物はありませんか。
次の会はだれか珍しい人を呼びましょう。
どこか遠くへ行きたい。
どちらか好きな方をとってください。
お菓子を何か買ってきます。
コーチをだれか頼むつもりです。
「+も」の場合は、否定になりやすいので「Nは」とともに使われることが多くなります。
私の知り合いはだれも来ていませんでした。
食べ物は何もありません。
そこにいた人はだれもその漢字が読めなかった。
その箱はどれも開けることを禁じられていた。
「Nか+不定語(+か)」という形もあります。「Nか」は一つの例として出されています。「どれか」「どちらか」は使えません。
お菓子か何か買ってきて。
ラーメンか何か、食べる物はないかなあ。
田中さんかだれかに聞いてみましょう。
駅前かどこかで売っているよ。
数量詞の疑問語も「+か」「+も」の形があります。
男の人も何人か来ていました。
あのお金はもう何日かまってください。
何カ所かで同時に火事が発生しました。
ボールペンを何本か買いました。
いくつか問題があります。
パーティーにお客さんを何百人も呼びました。
兄とは何年も会っていません。
この制度には問題点がいくつもあります。
「+か」は、複数だがその数が特定できないことを表します。否定の述語とも使えます。ただし、その場合は「ある特定の数の中の、ある不特定の数」を示します。
委員が何人か出席していませんでした。
?映画館に客が何人か来ませんでした。
「委員」の数はわかっています。その中の「何人か」です。映画館の「来るべき客」の数は、全席前売り指定席でもない限りわかりませんから、「来なかった」人数はわかりようがありません。いくら「不特定」でも、ぜんぜんわからないのでは、不定語は使えません。
「+も」は、上の例では数の多いことを表します。「何年も」は、複数年でその数が特定できないこと、そしてその数がとても多いということを示します。次の例は、また違う用法です。こちらは日数が少ないことを表します。否定とともに使われます。
レポートの締め切りまで、何日もありません。
数量+「も」の微妙な使い方は「18.副助詞」で考えてみます。
数量表現の不定語は、数量詞と同じように「前・後・上・下」などとともに使われます。
地表から何キロか下まで掘る
何mも後ろのほうに
何日か後で
十何年か前にそんなことがありました。
次の「何も」は不定語ではなく、副詞と考えたほうがいいでしょう。
何もそんなにひどく言わなくてもいいじゃないか。
16.2.2 「+でも/だって」
次に、「+でも」について考えてみましょう。初めに「任意の対象がそうであること」などというよくわからないことを書きました。「任意の対象」をふつうのことばで言えば、「どれでもそうであること」というしかありません。
あるいは、「どれをとっても」です。人や場所の場合は、「だれでも」「どこでも」になります。ほかのことばで説明するのが難しいことばです。
さて、述語が肯定の場合は、「任意の対象」が「そうである」のですから、つまりは全部がそうだということにもなります。
ここには何でもあります。(Nが)
パパは何でも知っている。(Nを)
この虫はどこにでもいます。
どこからでもかかってこい!(ただし、全部一度に、ではない?)
これらの表現が、「何も・・・ない」に対応するはずの「×何も・・・ある」の代わりの表現になります。次の三つを比べてみてください。
ここには何もありません。
×ここには何もあります。
ここには何でもあります。
私はどこにも行きません。
?私はどこにも行きます。
私はどこにでも行きます。
しかし、やはり「+でも」は「ぜんぶ・すべて」というのとはちょっと違います。それは、「+も」が肯定文で使える場合を考えるとわかります。
どちらも差し上げます。
どちらでも差し上げます。
「どちらでも」の場合は、「任意の一つ」です。両方ではありません。
逆に、「みんな・全部」の意味がはっきり出ている場合は、
この店のケーキは、どれも食べたことがある。
?この店のケーキは、どれでも食べたことがある。
となります。しかし、「一つ一つ」なら、
この店のケーキは、どれも百円です。
この店のケーキは、どれでも百円です。
「+でも」もよくなります。なかなか微妙です。
基本的に、「+でも」のほうは「一つ」を選ぶ感じです。そうでなくて単に全部を言う場合は、「+も」のほうが適当です。
「+でも」はふつう否定とは使われません。「+も」を使います。
×だれでも行きません。 (だれも)
×何でも飲みません。 (何も)
×ここには何でもありません。 (何も)
ただの「何でもありません」は、
「どうしたの?大丈夫?」「何でもありません。大丈夫です。」
という答えとしてなら使われます。これは「Nではありません」+「も」と考えられます。
「犯人は誰ですか」「誰でもありません。そもそも犯人などいないのです。これは殺人に見せかけた自殺です。」
「Aではない。Bでもない。だれでもない。」ということで出てきた「だれでも」で、「だれ+でも」ではありません。上の「何でもありません」もこれと同じと考えられます。
だれでもかまいません。
はまた別です。これは「V-てもかまわない」という、「V-てもいい」と同じ意味の文型です。(→「35.禁止・許可」)
また、
あなたがどんな人でも、私は気にしません。
の場合は、「AがBだ」の「だ」が「でも」に変わった例で、すぐ下で触れる「~ても」の名詞述語の例です。
この問題は歴史的な難問です。どんな学者でもできません。
これも、ちょっと苦しいかもしれませんが、同じように考えておきます。
以上の「+でも」の表現は、複文の「~ても」とも深い関係があります。
何でも食べます。
何を出されても食べます。
「何を~ても」の部分が「何でも」と対応しています。この表現は「49.条件」で扱います。
[+だって]
「+でも」は話しことばでは「+だって」という形になることが多いです。
だれだって 何だって どこだって いつだって
皆さんの欲しい物は何だってありますよ。
何だって知ってるよ、あいつは。
誰にだって、嫌いなものはある。
どこからだって入れるよ。
否定と使える場合があるところが「+でも」と少し違います。
あんな所へは誰だって行きません。(×誰でも行きません)
万葉仮名なんて誰だって読めませんよ。(?誰でもよめません)
誰だって言いたくないけどさあ、言わなきゃならないのよ。
いつだって暇なんかありません。
「でも」も「だって」も、ふつうの補語を受ける副助詞としての使い方があります。(→「18.副助詞」)
ビデオでも借りてこよう。
あしたでも間に合います。
子どもにだってわかります。
参考文献
三尾真理「疑問詞とその用法」「日本語教育」36号 1979 73-90
尾上圭介「不定語の語性と用法」渡辺実編「副用語の研究」1983 明治書院404-431
三上章『現代語法序説』『現代語法新説』
奥津敬一郎「不定詞の意味と文法」「続・不定詞の意味と文法」『拾遺 日本文法論』
0コメント