28.1 機能動詞
28.2 形式動詞
28.3 ナルとスル
28.1 機能動詞
機能動詞とは、動詞が動作性の名詞とともに使われ、その動詞本来の意味が薄まって、ボイスやアスペクトなどの意味合いを添えるために使われているようなものを言います。たとえば、次のようなものです。
影響を与える 影響を受ける
これらはそれぞれ、
影響する 影響される
とほぼ同じように使われます。「与える」の本来の意味「上位者が(自分の)ものが他者のものになるような行為をする」は、その方向性以外はほとんど失われています。「受ける」の場合も同様です。受動的であることを表しているだけです。この「与える」「受ける」のような使われ方をしている動詞を機能動詞と呼ぶことにします。
機能動詞の使われ方は、大きく言ってボイスに関するものと、アスペクトに関するものが多くみられます。それらをかんたんに見ていきます。
28.1.1 ボイスに関するもの
上の例では、受身の「される」に相当する「受ける」と、「する」に対応する「与える」を出しました。それらに近いものと、使役に相当するものを以下に並べます。
①[与える・受ける]
まず、上で出した「与える」と「受ける」の対の例をもう少し並べます。
学生に注意する 学生に注意を与える
教師に/から 注意される 教師に/から 注意を受ける
研究者を刺激する 研究者に刺激を与える
論文に刺激される 論文に/から 刺激を受ける
「Nに注意する」「Nを刺激する」の「に・を」の違いが、「与える」を使うと同じ「NにNを~」の形になることも注意すべき点です。
この二つの動詞とともに使える名詞は多く、生産性の高いものです。
影響を与える・受ける
注意 指示 警告 保護 援助 説明 評価 許可 刺激
また、「与える」を受身にすることもでき、さらに表現の可能性が広がります。
彼女の仕事ぶりに刺激を与えられた。(刺激された)
「与える」には更に次のような使役に当たる用法もあります。
人を感動させる 人に感動を与える
満足・喜び・感銘・休養・動揺
「喜びを与える」は「喜ばせる」よりも深みがあるような感じがします。
これもまた受身にすることができます。
その写真をみて、強い感動を与えられた。(感動させられた)
②[加える]
「加える」もほぼ「受ける」と対応します。
原稿を修正する 原稿に修正を加える
原稿を修正される 原稿に修正を受ける
刺激を加える
変更・説明・攻撃・非難・検討
「攻撃・非難」は「AがBに~を加える」「BがAから~を受ける」という文型になります。(「×攻撃を与える」)
「説明を加える」の場合は、もともとなかったところに、という意味合いを感じます。「加える」の元の意味が多少生きている感じがします。
③[得る・集める]
受身の「される」に当たる機能動詞表現は、後でみるようにマイナスの意味合いを持つものが多いのですが、そうでないものもあります。上にあげた「受ける」は中立的なものでした。「援助」も「警告」も、その内容の善し悪しにかかわらずそのまま「受ける」のです。それに対して「得る・集める」は積極的な意味合いがあります。
人々に/から 信頼される 人々(から)の/から 信頼を得る
人々に/から 尊敬される 人々(から)の/から 尊敬を集める
「集める」は量の多さを暗示するので、よりプラスの意味合いを感じます。
また、「N(から)の」の形をとれることも特徴的です。「Nから」の形にもなります。
信頼を得る
許可・承認・確認・賛成・同意・支援・確認・保証・教示
尊敬を集める
支持・期待・注目・信頼・同情・信望
④[浴びる・買う・食う・招く・許す]
受身の意味で悪い意味合いのあるものです。「浴びる」は量の多さを感じさせます。
人々に/から 批判される 人々(から)の/から 批判を浴びる
非難・攻撃・反論・冷笑・拍手・注目・絶賛
「拍手・注目・絶賛を浴びる」のは悪いことではありませんが、悪いものが多いという傾向はあるようです。
なお、「浴びせる」は「浴びる」に対応する「~する」に当たる言い方になります。
人々が(彼を)批判する 人々が彼に批判を浴びせる
「買う」はなぜよくない場合に使われるのでしょうか。「Nの」の形をとります。
人に/から 失笑される 人の失笑を買う
反発・ひんしゅく・怒り
「怒り」はもちろん「怒る」の名詞形です。「おこられる」よりも「怒りを買う」のほうが強い感じがします。イカルとオコルの差もあります。
「食う」もよくないことです。
敵に反撃される 敵の反撃を食う
足止め・肩すかし
「肩すかしを食う」はこれ全体で一つの慣用句と言えるでしょう。
「招く」や「許す」は自ら悪いことを招いているという意味合いでしょうか。
人に誤解される 人の誤解を招く
反発・反対・介入・批判
外国企業に進出される 外国企業の進出を許す
侵入・逆転・リード
⑤[起きる・起こる]
次に「~する」に当たるものをいくつかみて行きます。まず、火事や事故に関して使われる「起きる・起こる」です。
情勢が変化する 情勢に変化が起こる
機械が故障する 機械に故障が起きる
混乱・反乱・対立・摩擦・争い・爆発・反応・間違い
スル動詞の主体「Nが」が「Nに」となって、「Nが起きる」場所として機能します。「間違い」はスル動詞ではありませんが、同じように「起きる・起こる」を使うので、参考のために付け加えたものです。
「摩擦が起こる」は「摩擦する」とはずいぶん違います。前者の「摩擦」は抽象的な場合に使われます。人間関係とか、国際関係とか。
⑥[覚える・下す]
精神的な動詞に使われるものを二つ。
(に)感動する (に)感動を覚える
満足・興奮・興味・反感・痛み
「興味」以下はスル動詞ではありません。この「覚える」は「感じる」という意味で使われています。
判断する (に)判断を下す
決断・決定・判決
⑦[犯す]
悪いことに関して使われます。
失敗する 失敗を犯す
違反・ミス・犯罪・殺人・罪
「犯罪」以下のことばは「~する」ではありません。「×殺人する」という言い方はあってもよさそうですが言えません。そのかわりに「殺人を犯す」と言います。
⑧[かける・とる・つける]
(を)攻撃する (に)攻撃をかける 号令・電話
食事する 食事をとる 休養・予約・メモ
(に)連絡する (に)連絡をつける 注文・区別・説明
「かける」は複合動詞の後項としても生産性の高いものでした。機能動詞としても使われ、やはり「Nに」をとります。
⑨[かける・もたらす・うながす・さそう・みちびく]
「かける」は使役の「させる」に相当する場合もあります。
(に)心配させる (に)心配をかける
負担・苦労・迷惑・世話・集合
「集合」は「かける」の意味がちょっと違います。
使役に近いものをいくつか並べます。
(に)自覚させる (に)自覚をうながす
進歩・奮起・注意・再考・猛省・決定・発生
(を)動揺させる (Nの)動揺をさそう
共感・退屈・連想・不安・ミス
「相手のミスを誘う」のように「Nの」が使われることが多いものです。
(を)破滅させる (を)破滅に導く
優勝・失敗・圧勝・成功・拡大
(を)発展させる (に)発展をもたらす
敗北・成功・動揺・変化・安定・悪化・上昇・低下・混乱
28.1.2 その他
機能動詞も複合動詞に似て数が多く、一つ一つとりあげていたら切りがありませんので、以下は例を一つずつあげるだけにします。
まず、アスペクトに関するもの、複合動詞でも扱ったような「開始・継続」などの表現から。
①「し始める」に近いもの
(Nの)発売を始める (Nを発売し始める)
(Nの)準備にかかる
(Nに対して)反撃に出る
(Nとの)交渉に入る (Nと交渉し始める)
「入る」も「出る」も、同じ「始める」に近い意味合いを持つというのは 面白いことですが、学習者にはわかりにくいことかもしれません。
②「し続ける」に近いもの
努力を続ける (努力し続ける)
(Nとの)接触を保つ (Nと接触し続ける)
沈黙を守る
「保つ」は元々の意味が生きていますが、「守る」は違ってきています。
特に反復を表すもの
議論を重ねる
「議論し続ける」のですが、間隔が空いています。
練習を繰り返す
続けるだけでなく、程度が強まるもの。
修行を積む
解明を進める
③程度の強調(「強く/深く ~する」に近い)
結束を固める
期待をこめる
工夫を凝らす
審議を尽くす
理解を深める
④可能表現に近いもの
納得が行かない (納得できない)
説明がつく (説明できる)
⑤自発表現に近いもの
察しがつく (察せられる)
以上、かんたんな例を付けただけですが、日本語の表現の広がりが感じられたでしょうか。これらを理解し、また自分で使えるようになるには、学習者はどれだけ時間をかけなければいけないかと思うと、外国語の学習というのはまったく大変なことだと改めて思います。
機能動詞と考えられる例は多く、ここでとりあげたのはその一部にすぎません。中級以上の、あるいは上級の生教材で頻出する表現です。
28.2 形式動詞
形式動詞というのは、元々の意味をまったく失って、単に動詞であること、その活用を持っているだけになってしまったものを言います。形式動詞は「ある」と「する」だけです。具体的には次の例をみて下さい。
美しいが、品がない。
美しくはあるが、品がない。
行ったが、中には入らなかった。
行きはしたが、中には入らなかった。
「美しい」と単純に言うのに対して、「美しいことは確かだが、しかし~」というように限定を加え、対照的な事柄を述べるのに「美しくはある(が)」という形を使います。
イ形容詞中立形+は+ある/あった
という形が「美しい」を限定的にとらえたことを表します。
名詞述語・ナ形容詞の場合は、「だ」が「で」になり、それに「ある」つけらられます。「は」が入らなければ「である」と同じです。逆に言えば、「である」に「は」が入ったとも言えます。
化学繊維ではあるが、意外に肌触りがいい。
暇ではあるが、金がぜんぜんない。
動詞の場合は、
動詞中立形+は+する/した
です。「ある」と「する」自体はもちろん動詞ですから、「する」をつけます。 借金があるが、大丈夫だ。
借金がありはするが、大丈夫だ。
熱したが、沸騰はさせなかった。
熱しはしたが、沸騰はさせなかった。
いうまでもなく、これらの「ある」「する」は「あります」「します」にすることができます。
否定の形は、形容詞ではもともと形式動詞が入っているようなものです。
難しくはありませんが、ちょっと迷わされました。
暇ではないが、忙しくもない。
行きはしなかったが、電話だけはしておいた。
イ形容詞は「は」が入っただけ、ナ形容詞は否定の形そのままです。動詞では「V-はしない」となって、これだけが形式動詞らしい形になります。
28.3 ナルとスル:変化と決定
ここで、以上で取り扱ってきた「複合動詞・補助動詞・機能動詞」とはちょっと性質の違ったものをとり上げることにします。
日本語の動詞の中で、「なる」と「する」はちょっと特別なものです。「する」については「スル動詞」を動詞文のところでとりあげ、すぐ前の節では形式動詞としての「する」をとりあげましたが、今度は「変化の表現」といわれる文型を作る用法です。
28.3.1 N/A ナル/スル
「なる・する」が補語をとる場合は「4. 動詞文」ですでに見たわけですが、ちょっと復習しておきましょう。(→ 4.3.9・10、4.4.4)
信号が赤になる 新しい年になる
子供を医者にする 裏庭を畑にする
信号が青だったのが赤になる、ということは、状態が変化したわけです。畑でなかったところを畑にする、というのは、状態を変化させたわけです。この「Nに」は「(信号が)赤だ」「(裏庭が)畑だ」という名詞述語相当の意味を持っているとも言え、他の「Nに」とは少し性質が違います。(この「に」は「だ」の活用形だという考え方もあります。)
この補語の位置に形容詞を入れることができます。
お湯が熱くなる パーティーが楽しくなる
お湯を熱くする パーティーを楽しくする
部屋がきれいになる
部屋をきれいにする
形容詞の形は中立形になっています。
「-なる」の場合、形容詞が否定の形になることがあります。
重くなくなる きれいでなくなる
去年より暇でなくなった。
反対語を使って、「軽くなる・忙しくなる」などの方が自然です。
「-する」で否定になることは少ないでしょう。
もう少し忙しくなくしてください。
言うまでもありませんが、「なる・する」自体は否定になります。
きれいになりません。
音を大きくしないでください。
28.3.2 V-ようにナル/スル:変化
その「状態」が動詞で表される場合、つまり「動詞+なる」の場合は「ように」が必要になります。
日本語が話せるようになりました。
最近、朝早く目が覚めるようになりました。
そうかんたんには中に入れてくれないようになりました。
酒を飲まなくなりました。
動詞の場合も、名詞や形容詞の場合と同じで、「なる」は状態の変化を表します。「ように」の前に来る動詞の示す意味は、ある一度限りの「動作」ではなく、「話せる」のような能力や、「朝早く目が覚める」のような習慣的動作や、「中に入れてくれない」のような規則的態度(?)に限られます。「14.形式名詞」のところで、「よう」は「様子・様態」の「様」だ、ということを書きましたが、ここでもその意味合いは生きています。
「ように」の前が具体的な一つの動作を表す
?彼女が今すぐ行くようになりました。
のような文は、あまり落ち着きのいい文ではありません。その言いたいことを表すには、
彼女が今すぐ行くことになりました。
のように「ことになる」を使ったほうがぴったりするでしょう。これも、「事情・状況の変化」を表します。
動詞を否定にすると、「ように」を使わない形が可能になります。ナイ形自体はイ形容詞と同じ変化をするので、「V-なくなる」の形になります。
そうかんたんには中に入れてくれなくなりました。
最近、朝早く起きられないようになりました。
最近、朝早く起きられなくなりました。
意志動詞の場合は、「-なくなる」の方が自然なようです。
このごろ映画館へ行かなくなりました。
?このごろ映画館へ行かないようになりました。
あまりテレビを見ないように/見なく なりました。
「ようにする」も、ある状態の変化を表します。
事故などの際、ドアをかんたんにはずせるようにしました。
最近、朝早く起きるようにしています。
すみません、これからは間違えないようにします。
最初の例は、「かんたんにはずせる」という状態に変化させたわけです。
「朝早く起きる」のは習慣の変化です。否定の形の「これからは間違えない」というのも、これまでの「時々間違える」状態からの変化です。話し手の意志的動作を表す動詞の場合は、「それ(これからは間違えない)を目指して努力する」という努力目標という意味合いがあります。これは、次に述べる「ことにする」との違いです。
上の「ドア」の例は、話し手の努力目標ではありません。その場合、動詞を否定の形にすると、「ように」を使わない形も可能になります。
ドアをかんたんにはずせないようにしました。
ドアをかんたんにはずせなくしました。
努力目標の場合は、「ように」を使います。
×これからは間違えなくします。
夜遅くまで起きていないようにします。(×起きていなく~)
28.3.3 ~ことにする・ことになる
「ように」を「ことに」にして、「~ことにする・ことになる」とすると、また用法が複雑になります。他の述語を受けることができる用法もあります。
「V-ことにする」の一つの用法は、意志動詞の基本形・ナイ形とともに使われ、主体の「決定」の意味を表します。
私は行く/行かない ことにした。
彼女はその問題を扱う/扱わない ことにした(らしい)。
「V-ことになる」は主体の意志であるよりは、回りの状況によってそう決められた、という意味を表します。
私は来月出張する/させられる ことになった。
周囲の反対のため、彼はレースに参加しないことになった。
私たち、結婚することになりました。
「させられる」はもちろん主体の意志ではありません。最後の例は、自分達の意志を強く表に出さないための言い方です。親たちに結婚させられるわけではありません。(→「32. 勧誘・意志表現」)
以上の例では、個別的な事柄を表す限り「V-ように」は使えません。習慣的なことでは、「V-ように」が使えます。
毎日学校に行くことにします。
毎日学校に行くようにします。
明日学校に行くことにしました。
×明日学校に行くようにしました。
「ことに」は意志決定で、「ように」は努力目標です。
「ことに」も、無意志動詞では、
×気が付くことにした。
?雨が降ることにする。
のようなおかしな文になってしまいます。「雨」の例は、「そう仮定する」という意味には解釈できますが。
状態動詞(無意志)の場合。「という」を入れられます。
現金がこの中にあることにする。
英語ができる(という)ことにしておいた。
「そう仮定する」あるいは、口裏を合わせて嘘をつくことにもなります。話し手もそうであるかどうか知らなければ、あるいは将来のことなどだったら仮定ですし、そうでないことを知っていれば嘘になります。仮定表現としては「~とする」(→40.3)のほうが自然でしょう。
動詞のタ形や他の述語を使った場合の「ことにする」は、話し手がそのように「取り決める」あるいは「本当はそうでないけれども、そう考える」ことを意味します。「という」を入れることができます。ナ形容詞・名詞述語の「-だ」の場合は「という」が必要です。
私は見なかったことにします。
親への手紙では、無事進級したことにしておいた。
私は元気だ/留守だ ということにしてください。
最後の例は依頼の文ですから、「~ことにする」のは話し手ではなく、とうぜん聞き手です。
可能・許可・必要などのムード(→「30.ムード」)の表現を受けることができます。
大学を三年で卒業できることにした。
休日はだれも行かなくていいことにした。
本は3冊まで借りられることになった。
6才未満は入場料を払わなくていいことになっている。
団員は男でなければならないことになっていた。
「~ことになっている」は、そのような取り決めがあるということで、規則や不文律などによく使われます。
「~ことになる」を「~ようになる」にすると、「決定」ということを「状況の変化」としてとらえることになり、表現が柔らかくなります。
夜間も使えることになりました。
夜間も使えるようになりました。
「~ことになる」は「~ことにする」より広く使われます。タ形や形容詞、名詞述語だけなく、「という」を使って命令や意志の表現などもとることができます。これはずっと後で扱うことになる「56.連体節」の「外の連体」と同じです。表す意味は「いろいろ考えた結果の結論として」というような意味合いになります。
結局、これがいちばん安い(という)ことになった。
この辺ではあの店がいちばん安いということになっている。
この「~ている」は関係者に共通の常識という意味合いです。
いちばん悪いのは私だということになってしまった。
みんないっしょに行こう、ということになった。
おまえが行け、ということになった。
「ということになる」を「という結論になる」と言い換えられる場合が多くあります。
参考文献
機能動詞の項は、全面的に次の研究によっています。ただし、呼び方は変えました。
村木新次郎1991『日本語動詞の諸相』ひつじ書房
阪田雪子・倉持保男1993『教師用日本語教育ハンドブック 文法II 改訂版』国際交流基金
池上素子2002?「変化を表わす「なる」-前接する語との共起制限を中心に-」『日本語教育』112
佐藤琢三1998「自動詞ナルと計算的推論」『国語学』192集
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