31.1 V-てください
31.2 V-ないでください
31.3 V-て/ないで くれ
31.4 V-させてください
31.5 V-て/ないで ほしい
日常の生活で非常によく使われ、日本語教育でも中心的な文型の一つになっているものを「ムード」の最初にとりあげましょう。「依頼」を表すとされる「V-てください」です。「依頼」以外の意味を表す場合もまとめてとりあげます。
31.1 V-てください
[依頼・勧め・指示]
「V-てください」は、やりもらいの動詞「くださる」の命令形を動詞のテ形に接続させた形で、一般に「依頼」の意味を表わす表現と言われています。次の例はそれに当てはまります。
a すみません、ちょっと手伝ってください。
あのう、お金を少し貸してください。
明日、一緒に行って下さいませんか。
しかし、上の例をみても分かるように、「V-てください」だけだと、あまり丁寧な感じがしません。三番目の例のように、「V-てくださいませんか」とするか、あるいは文法的には複雑になってしまいますが、「V-ていただけませんか」とか、「V-ていただきたいんですが」などのほうがより丁寧な言い方になります。
a’ すみません、ちょっと手伝っていただけませんか。
あのう、お金を少し貸していただきたいんですが。
「V-てください」そのものは、むしろ依頼よりも他の表現に使われることが多いようです。他の表現とは次のようなものです。
b どうぞ上がってください。
どうぞおかけください。
好きなものをおとりください。
c テープの後で繰り返してください。
この書類に名前と住所を書いてください。
このへやでしばらくお待ちください。
これらは、「V-てください」を教える場合にごく自然に出てくる例だと思いますが、「依頼」という言葉が意味するものとはちょっと違う内容です。
まず、bは「勧め」を表わし、「どうぞ」を付けることが多いものです。cの例は「指示・命令」を表わしていて、内容的には「V-なさい」でも言えるものです。それを「丁寧に」言っているだけです。これらは、「依頼」や「お願い」をしているわけではありません。
話し手のために聞き手が何かをするように言うことを「依頼」というわけですが、これらの例では、そうではありません。bの「(いすに)かける」のは、そう勧める人、つまり話し手のためにするわけではありません。cの場合は、むしろ聞き手のためになるようなことです。「テープの後で繰り返す」のは、例えば先生のためではなく、学生にとって大切なことです。それに、bの場合は断ってもいいのですが、cでは従うことが要求されています。ですから「依頼」ではなく、「指示」とします。
依頼の「V-てくださいませんか」の形を勧めや指示の場合に使うと、変な感じがします。「V-ていただけませんか/V-ていただきたいんですが」なども同様です。次の例を見て下さい。
d ?どうぞ召し上がって下さいませんか。(客に食事を勧めて)
?そこに座っていただけませんか。 (社員募集の面接で)
?改札を出たら、そのまままっすぐ行っていだだきたいんですが。
(電話で道順を説明)
初めの二つの例は、勧めや指示に従ってくれない場合に、さらに強く繰り返しているという感じになります。「丁寧」なわけではありません。ですから、「V-てください」に「~ませんか」を付けると丁寧になる、という説明の仕方はしないほうがいいでしょう。
もっとも、社員募集の面接で、
えー、そうですねえ、そこに座っていただけませんか。
と言うこともあるかもしれませんが、ちょっと「慇懃無礼」で、かえって軽く扱っている感じがします。
反対に「どうぞ」は勧め以外ではあまりしっくり来ません。
?すみませんが、どうぞ窓を開けて下さい。(依頼)
?どうぞその本を貸してください。
?どうぞこの書類に名前を書いて下さい。(指示)
慣用的な表現で、
どうぞよろしくお願いします。
などは確かに「依頼」ですが、ふつうに何か頼む時は「どうぞ」をつけないようです。
依頼の場合は「どうぞ」のかわりに「どうか」を付けることもできますが、場合によっては依頼というより「哀願」になってしまいそうです。
どうかお金を貸してくださいませんか。
どうか窓を開けて下さい。(息が詰まって死にそうです?)
結局、依頼の時は、副詞を付けるよりも「すみませんが」とか「あのう」とか言うと、ちょうどいいのです。
依頼というのは、文字どおり「頼んで」いるわけで、相手がその通りしてくれるかどうかはわかりません。相手の気持ちしだいです。それに対して、勧めや指示は、その言葉の丁寧さとは別に、相手がそうすることをかなり強く「要求」しています。ですから「~ください」という「命令形」を使っているのです。相手が自分の言葉に従うことを(丁寧に)求めていると言ったら、言いすぎでしょうか。
依頼はあくまでも「お願い」ですから、相手が断わる余地を残して「~ませんか」とか、「~たいんですが」などといって語尾をやわらげたほうがいいのです。
「V-てください」の持つ意味合いは、他にも「はげまし・非難・期待」など、場面によっていくつか考えることができますが、基本的なものは上に述べた「依頼・勧め・指示」の三つと言ってよいでしょう。
決勝戦はがんばってくださいね。 (はげまし)
もうちょっとまじめにやってください! (非難)
どうか目を覚まして下さい。 (期待?)
[終助詞とイントネーション]
「V-て(ください)」には終助詞がつけられます。「ね」と「よ」がふつうです。「な」も「よ」に近い意味合いで使われます。
終助詞が付く場合、文末のイントネーションが上昇調か下降調かで意味合いにいろいろ違いがあります。上昇調を「↑」、下降調を「↓」で示します。右側の補足説明は一例です。文脈によってさまざまな場合があるでしょう。
来て下さいね。↑ [再度のお願い]
来て下さいよ。↑ [頼んだことを確認]
来て下さいよ。↓ [今、強く頼んでいる]
ちょっと、手伝ってくださいよ。↓ [このことばで頼んでいる]
×ちょっと、手伝ってくださいよ。↑ [今頼んでいるので不可]
ちゃんと手伝ってくださいよ。 ↑ [確認]
ちゃんと手伝ってくださいよお。↓
[今「ちゃんとやって」いないのを非難して。音調は「ちゃんとて」を下げ、
「つだって」を高くして、「くださいよお」を下げるような感じで]
上昇調の「よ」は、「ね」と同じような確認の意味合いがあります。「必ず」をつけたくなるような感じがあります。「~てください」の依頼の意味を強めているのですが、将来のこと、という感じです。それに対して下降調の「よ」は、今、強く頼んでいる、という感じです。この違いは、今現在の依頼であることを示す呼びかけの「ちょっと」(「少し」の意味ではなく)をつけるとはっきりします。「ちゃんと」をつけると、上昇調のほうは、「手伝うのを忘れないでくださいね」という感じですが、下降調のほうは、「もっとちゃんとやって!」という非難を感じます。
イントネーションと意味の関係はかなり複雑で、微妙です。もっと研究する必要があります。上の例の説明はほんの一例です。
[お-V-ください]
「V-てください」のより丁寧な形というと、「お-V(中立形)-ください」になりますが、これも依頼の場合にはあまり使われないようです。
?すみませんが、この漢字の書き順をお教えください。(留学生が先生に)
やはり、「教えていただけませんか」ぐらいがいいでしょう。
恐れ入りますが、あの箱をお取り下さい。
も、「あの箱を取ること」は話し手のためでなく、聞き手のためになることで、つまり「勧め」の意味になるでしょう。
ただし、かなり改まった話しことばの場合には「依頼」として使えます。
どうか真実を我々にお話し下さい。
我らをお導き下さい。
勧めの場合と指示の場合にはふつうに使われます。
どうぞおかけ下さい。
ご自由にお読み下さい。
代金はあちらのカウンターでお支払い下さい。
もう結構です。お引き取り下さい。
最後の例は、「帰れ!」と言いたい時の慇懃な表現として使えます。
敬語の尊敬表現「お-V-になる」(→「29. 敬語」)にも「-ください」を付けることができます。やはり依頼にはなりにくいようです。
どうぞ窓をお開けになって下さい。
は、「開けたかったら、どうぞ」か、あるいは指示の意味になり、頼んでいるわけではありません。が、動詞によっては依頼になります。
ぜひうちにお泊まりになって下さい。
敬語動詞(→「29. 敬語」)は依頼にもなるようです。
こちらにおいでください。(指示)
ぜひ おいで下さい/いらして下さい。(依頼)
どうぞ召し上がって下さい。(指示・依頼)
[V-てくださいませんか]
この形は、「V-てくださいます」の否定疑問の形です。「ください」というのは「くださる」の命令形ですから、「走れ」に対する「走りませんか」の関係にあるわけです。それが「依頼」の「V-てください」の「丁寧な表現」になるというのは、考え出すとよくわからない関係です。それはともかく、この形は「依頼」の意味合いの場合に限られ、「勧め」や「指示」の場合には使われないことが重要な点です。
この肯定疑問の形も使われますが、その他いろいろな形は後でまとめてとりあげます。
31.2 V-ないでください
「V-てください」に対応する否定の形です。動詞のナイ形を使います。意味は「依頼」と「指示」で、その内容が否定になっています。「依頼」の場合は「ませんか」をつけて丁寧にすることもあります。「勧め」の否定というのは考えにくいでしょう。
すみませんが、たばこは吸わないで下さい。
大きな声で話さないで下さい。
私の席に座らないで下さいませんか。
文脈によっては、「非難」の意味が出てきます。「ませんか」をつけて「丁寧」な形にした方が非難の色合いが強く出るようです。上の最後の例です。
否定の「指示」は実際には「禁止」の場合の柔らかな言い方として使われることも多くなります。
辞書は使わないで下さい。
この部屋には入らないで下さいね。
こんなことは二度としないで下さい。
吸い殻をそんなところへ捨てないでくださいよ/な。↓(非難)
「V-てください」に使われる動詞は、基本的には意志動詞ですが、否定になると無意志動詞も使われます。「そうならないように(努力)して下さい」ということでしょう。
遅刻しないで下さいね。(×遅刻して下さい)
財布を落とさないで下さいよ。
お金を取られないでくださいね。
終助詞の「ね」「よ」「な」は、「V-てください」と同様につけることができます。上の「吸い殻」の例では非難の意味合いがあります。
「お-V-ください」の否定の形は特にありません。尊敬表現の「お-V-になる」と同じ扱いになります。敬語動詞も同じです。
おはなしになって下さい おはなし下さい
おはなしにならないで下さい ×おはなさないで下さい
何もおっしゃらないで下さい
31.3 V-て/ないで(くれ)
「V-てください」の男言葉として「V-てくれ(ないか)」があり、その否定表現が「V-ないでくれ(ないか)」です。家族・友人に対する男性の話しことばとしてどちらもよく使われ、「よ」を付けた形でも使われます。「ね」はつけられません。その点では「命令」に近いと言えます。(→「34.命令」)
ちょっと、これ見てくれ(よ)。 (依頼)
おーい、だれか来てくれ(ないか)。
まあ、そこにすわってくれ。 (勧め)
いいか、静かに聞いてくれ(よ)。 (指示)
そんなこと、言わないでくれ(よ)。
どこへも行かないでくれ(ないか)。
では、女性はどういうかと言うと、「くれ」を言わないで、「V-て(ないで)」と省略した形を使います。この形は男性も使います。文末が上昇調になります。「ね」「よ」をつけることもできます。
明日、必ず来てね。↑(依頼)
はい、息を吸って。↑(指示)
これ、みんなに配って。↑
こっちも手伝ってよ。
このおもちゃ、買ってよ!
がんばってね! (励まし)
ね、見て見て!
まあ、そう言わないで。もうちょっとだから。
泣かないで 泣かないで 私の恋心 あの人は お前に似合わない
振り向かないで お願いだから
「V-て」だけの依頼の場合、書く時には「!」を付けることが多いです。そうしないと、「~して、~」の形の後半を省略した形の場合と間違えやすくなります。
もう一つ「V-て/ないで ちょうだい」という形も、話しことばではよく使われます。主に女性と子どもの言い方ですが、男性も使います。
ちょっと、これ、持っていてちょうだい(ね)。
そんなに強く押さないでちょうだい(よ)。(非難)
あれ、買ってちょうだい。
何も言わないでちょうだい 黙ってただ踊りましょ
[その他の形]
依頼表現の基本的な形として、
してください
してくださいませんか
してくれ
してくれないか
して
してちょうだい
と、それぞれの否定の「しないで-」の形をとりあげてきましたが、ほかにもいろいろな変化形があります。
(してください) (してくれ)
a (してくださいませんか) してくれませんか 否定疑問
b してくださいません? してくれません? カの省略
c してくださいますか してくれますか 肯定疑問
d してくださいます? してくれます? カの省略
e ×してくださらないか (してくれないか) 普通体語尾
f してくださらない? してくれない? カの省略
g ×してくださるか してくれるか 肯定疑問
h してくださる? しれくれる? カの省略
これらの中で、aの「してくれませんか」はよく使われます。「してくださいませんか」では丁寧すぎるような相手、立場上目下の、しかし「部下」ではないような関係の相手に対して依頼するときに、「してください」と直接的には言うのを避けて、あるいは店で修理を頼むときなどに、使われます。
えーと、これを配ってくれませんか。
ここを直してくれませんか。
「くださる」のほうのいくつかは、独特です。
これ、あちらに届けてくださいません?
もう一度、話してくださいます?
あのお金、もうちょっと待ってくださらない?
電話に出てくださる?
これらは、私の語感では女性的な感じがしますが、いかがでしょうか。特に、後の二つ、普通体のものは男性が使うと変でしょう。
eとfのところで、「くださる」の普通体語尾に「か」をつけると不自然なのは、一般的に普通体に「か」をつけると乱暴な感じがすることによります。「くださる」が敬語なので、それと合わないわけです。(→「42.疑問文」)
これらの形のそれぞれに「V-ないで」の形があり、さらには「V-ていただけませんか」などの形の変化形があるわけですから、大変な数になります。それらを、日本語話者は時と場合と相手に応じて使い分けているのです。はあ。
ちょっと、こっちを見ないでくれる/くれない?
このことは、あの子には言わないでくれるかい?
この本、ちょっと貸していただけません?
大きな声で話さないでいただけませんか。
これ、うちへ届けていただける?
このしごと、引き受けてもらえませんか?
さらには、「-だろうか」をつけて語調を和らげた表現もあります。
いっしょに行ってくれないだろうか。
もう一度会っていただけないでしょうか。
これらも、質問の表現と言うより、依頼の表現でしょう。まったく、人にものを頼むというのはやっかいなことです。
31.4 V-させてください
「V-てください」と使役表現の複合した形で、
V-させてください/させていただけませんか/させていただきたいんですが
などの形があります。あらたまった場面で使われる表現です。自分が「~したい」ということをへりくだった形で、しかしかなり強い主張として述べるときに使われます。(→「25.7.3 V-させてあげる」)
私にやらせてください。
明日休ませてください。
少し考えさせていただけませんか。
会社をやめさせていただきたいんですが。
31.5 V-て/ないで ほしい
「V-てほしい(です)」は「V-たい」と同じ「希望」の表現ですが、「(あなたに)V-てほしいんですが・・・」の形で依頼表現にもなります。
すみません。ちょっとこちらに来てほしいんですが。
これ、調べてほしいんだけど。
君にも加わってほしいんだけど、どうかなあ。
相手に対する自分の希望をそのまま言うわけですから、「~んですが」としても「丁寧」な感じはしません。かなり一方的な言い方です。柔らかく言うには、「~が・・・」の部分に時間をかけます。「~が。」と強く切ると、やってくれない相手に対する「非難」の感じにもなります。
もっとちゃんとやってほしいんだけど。
「希望」は将来のことについて言うのが基本なので、現に行われることについて言うと、「そうなっていない」ことに対する非難の意味合いが生まれます。
「V-てほしい」と同じ意味を「やりもらい動詞」の補助動詞を使って表すこともできます。
これ、取り替えてもらいたいんですが。
明日も来てもらいたいんだけど。
「私があなたにV-してもらう」ことを「私は希望する」ということです。これも「依頼」と言うよりはむしろ「要求」という感じの強い表現です。
これの敬語表現が「V-てください」のところでちょっと出した「V-ていただきたいんですが」です。
ちょっとこちらにいらしていただきたいんですが。
こうすると、さすがにいくらか丁寧な感じがしますが、内容的にはけっこう強い要求の場合もあります。特に、立場上そう要求することができるような関係の時に、表現を柔らかくするために使われます。
ここをもう一度書き直していただきたいんですが。
参考文献
柏崎雅世1991「「(て)下さい」について-行動要求表現における機能分析」『日本語学科年報』13東京外国語大学
佐藤里美1992「依頼文-してくれ、してください-」『ことばの科学5』むぎ書房
前田広幸1990「「~て下さい」と「お~下さい」」『日本語学』5月号明治書院
由井紀久子1995「シテクダサイとシテモライタイとシテホシイ」宮島他編『類義表現の文法 上』くろしお出版
吉川武時1978「「していて下さい」の意味-「待って下さい」と「待っていて下さい」の使い分け」『日本語学校論集』6東京外国語大学
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