61.1 主題のつながり
「主題」について、文章の中でのその役割を考えてみましょう。「Nは」は、文の中ではその主題として「主題-解説」の構造を作ります。このことは前に述べました。そして、文章の中では、主題のつながり・転換によって文章の流れを作ります。また、無題文の挿入は、主題の流れを断ち切ることによって「語り」のリズムを作ります。このことを、具体的な例で見てみましょう。
61.1.1 主題と段落
「自己紹介」の例で見たように、主題は文のつながりを緊密にし、段落を形作るために重要な役割を果たします。もう一度段落ごとに見てみましょう。
第一段落は、「わたし」を主題にした文で構成されています。
1. わたしはマナです。今年の4月にタイのバンコクから来ました。今、日本語学校の
学生で、19才です。
最初の文の「わたしは」が、第二、第三の文までかかり、独立した三つの文というより、1+0.5 + 0.5(主題+解説、+解説、+解説)という、半独立の文の連続です。(ここで、日本語の「文」の特質、言い換えると、その定義の問題も浮かび上がってきますが、それはここでは論じないことにします)
このような場合は、接続詞は特に必要ないようです。「順接」だからといって、「そして」を入れればいいというわけではありません。
?わたしはマナです。そして、今年の4月にタイのバンコクから来ました。
そして、今、日本語学校の学生で、19才です。
第二段落では、新しい主題を立て、「日本語学校は」として、二つの文をまとめています。「わたし」の話から「日本語学校」に話題が移ったのです。
2. (わたしの)日本語学校は東京にあります。あまり大きくないですが、新しいです。
第三段落も日本語学校の話ですが、補語としての役割が「Nが」から「Nに」に移っています。
3. (日本語)学校には、いろいろな国の学生が60人ぐらいいます。インドネシアの
学生もメキシコの学生もいます。みんなわたしのいいともだちです。
「日本語学校」という単語の一部分「学校」だけでも、同じものを指していると解釈されるので、同一主題とみなされます。(これは「反復」の一例です) 第三段落の途中で、話が「学校」からそこにいる「学生」に移っています。「みんなわたしの~」はもちろん「(その)学生たちは」という、省略されている主題の説明です。
4. 学校のそばに学生のりょうがあります。わたしたちは、毎日しょくどうでいっしょに
ごはんを食べます。テレビもしょくどうでいっしょに見ます。
元の文では、さらに第四段落で「りょう」に話を移そうとしていましたが、そこでの話はむしろ「りょう」で「わたしたち」が何をするかという話なので、「りょうがあります」として、新しい場所を導入するだけでいいでしょう。
次に、「私たち」を主題として、その習慣的行動を述べる文が続きます。そうすると、「りょうがあります」の前後の文は、「学生たち」-「わたしたち」という意味の近い単語を主題としていることになりますから、「りょうがあります」という文はない方が前後の結びつきが強くなります。例えば、
・・・みんなわたしのいいともだちです。わたしたちは(学校のそばの)りょうのしょく
どうで毎日いっしょにごはんを食べたり、テレビを見たりします。
とすると、前の文の主題は「その学生たち(かれら)」で、後の文はそれに「わたし」を加えた「わたしたち」となり、主題の交替が自然なものになります。
5. わたしは毎日あさからばんまで日本語をべんきょうします。けれども、日本語はとても
むずかしいです。ですから、わたしはまだ日本語があまりじょうずではありません。
6. わたしは数学もべんきょうします。わたしはらいねんの4月に大学へ行きます。
そして、大学で数学を専門にべんきょうします。
第五、第六の段落は再び「わたし」を主題とした文が続き、「自己紹介」としての内容にあったものになっています。「わたし」に始まり、「学校・学生」に話が移り、「学生」はすなわち「わたしたち」であり、最後に「わたし」に話が戻ります。
以上のように、互いに関連した主題の連鎖が文章を形作る基本となることがおわかりでしょうか。
ただし、これは「自己紹介」という「わたし」をめぐって話が展開する文章なので、特に主題のつながりが密接なものになっています。
61.1.2 無題文の役割
では、「無題文」の役割は何でしょうか、別の例で考えてみましょう。
昔、浦島太郎という若者がおりました。太郎は海辺の村に住む貧しい漁師でした。
毎日海で魚をとって暮らしておりましたが、無用の殺生をしない、心の優しい若者で
した。家族は年老いた母がいるだけでした。嫁はまだ娶っておりませんでした。
ある日、太郎がいつものように浜に出てみますと、子どもたちが集まって何か騒い
でおりました。(太郎が)近付いて子どもたちの間を覗いて見ますと、小さな亀がお
りました。子どもたちは、亀をいじめて遊んでいたのでした。やさしい太郎は亀をか
わいそうに思い、子どもたちに小銭をあたえ、亀を逃がしてやりました。
それからしばらくたったある日、太郎が海で釣りをしていますと、海の中から大き
な亀が現れてこう言いました。・・・・
「自己紹介」の例のように、そのまま主題とすることのできる「わたし」のような名詞の場合は、初めから主題文を連ねて話を始めることができますが、物語の場合は初めに場面の設定が必要で、そのために無題文が使われます。そのあと、主人公である「太郎」が主題化された文が続きます。
昔浦島太郎という若者がおりました。太郎は海辺の村に・・・
次の段落で新しい場面の設定があり、事件が起こります。この時、無題文による、ある事柄の描写があります。
ある日太郎が・・・と、子どもたちが・・・。
登場人物についての説明、つまり物語の背景説明から、具体的な事件に話が移っていくわけです。
これを、太郎を主題とした文で続けることも可能です。
ある日太郎は、・・・時、子どもたちが・・・のを見ました。
この後も、太郎を主題にした文を続けて行くことは可能かもしれませんが、そうすると、すべての事柄を太郎の感覚・心理から説明して行くことになり、視点が固定化され、話が単調になります。
事件の進展を表すためには、無題文のほうが適切です。
61.1.3 主題文と無題文の交替
[物語の場合]
物語の筋の展開に関する主題文・無題文の役割は次のように考えられます。
0.無題文による場面・状況の提示
昔、浦島太郎という若者がおりました。
1.そこからの主題の取り立て(主題化)・「主題-解説」の構造
太郎は海辺の村に住む貧しい漁師でした。
2.同じ主題に対する解説(主題の省略)
毎日海で魚をとって暮らしておりましたが、無用の殺生をせぬ、心 の優しい若者で
した。
3.主題に関連する語句の主題化(太郎→家族・嫁)
家族は年老いた母がいるだけでした。嫁はまだ娶っておりませんで した。
4.無題文による場面の(新たな)展開
ある日、太郎がいつものように浜に出てみますと、子どもたちが集 まって何か騒い
でおりました。
5.無題文の連鎖、事象の羅列
(太郎が)近付いて子どもたちの間を覗いて見ますと、小さな亀がおりました。
6.前文説明(「~のだ」→「63.文脈説明」)
子どもたちは、亀をいじめて遊んでいたのでした。
7.既出の主題の再提示
やさしい太郎は亀をかわいそうに思い、子どもたちに小銭をあたえ、亀を逃がして
やりました。
8.再び無題文による新たな場面
それからしばらくたったある日、太郎が海で釣りをしていますと、海の中から大き
な亀が現れてこう言いました。
物語ではこのように主題文と無題文を使い分けて、話の筋を進めて行きます。
上の「~のだ」の使用も、話の進め方の一つの技巧と言えるでしょう。「~のだ」を使わないとすると、例えば次のようになります。
ある日、太郎がいつものように浜に出てみますと、子どもたちが亀をいじめて遊ん
でおりました。
しかし、これでは展開が単純すぎるので、上の例文では、「何か騒いでいた」として、読者の注意を引き、「太郎」の視点を移動させ(「近づいて・・・覗いて見ますと」)、それから「~のでした」で話をまとめています。
このように、「~のだ」を使うことで、話の中に「疑問-説明」という型を持ち込み、読者の注意を引きつけることができます。
[会話の場合]
会話では、どんどん主題が変わります。まず、話し手と聞き手はいつでも主題になりえますし、話の場面にあるものや、共通の知識やそれまでの文脈(話し手と聞き手のこれまでのコミュニケーション)の中のもの、はいつでも主題になりえます。
「レポート、出した?」
「もちろんまだ」
「どうする?」
「どうするって、書くしかないさ。あと三日ある」
「三日で書けんの?」
「ちょっと難しいけど、なんとかなるさ」
「山田は何て言ってた?」
「もう出したって」
「すごいな」
「お前は」「俺は」は言う必要がありません。途中で話題となる「山田」は当然省略できません。
「難しい」は「(俺には)三日で書くのは」ですが、なぜそうかと言うことを文法規則からきちんと説明するのはなかなか難しい問題でしょう。さらに、「すごい」のは何が、でしょうか。「山田がもう出したのは」でしょうか。
このように、省略された主題が単純な名詞でない場合は、どのような主題が省略されたと考えるか、また、そもそも常に主題があり、それが省略されていると考えるべきなのかどうか。文法を体系的に、整合的に考えようとすると、大きな課題となるでしょうが、ここではこれ以上考えません。
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