62. 文どうしの関係 (1)

       62.1 概観           62.6 転換

       62.2 並ぶ・続く・加える    62.7 接続助詞と接続詞   

         62.3 論理的関係        62.8 理由説明 からだ・ためだ

       62.4 言い換え         62.9 文脈説明 のだ・わけだ

       62.5 付け足し       

       

62.1 概観

 文と文の関係とそれを表す表現を見ていきます。その中心は、もちろん接続詞です。接続詞には、名詞などの一つの単語をつなぐもの、節と節をつなぐものがあり、それらについてはすでに見ました。(→ 5.10 、55.3) ここでは、独立した文と文との間に現われるものを見ていきます。

 接続詞は文と文との関係を示すためのものですから、一つの文を記述するための文法では、本来説明できないものです。一つの文の中の文法規則を越えるものなので、この本では最後になってとりあげることになってしまいました。実際の日本語教科書では、もっと早く提出されています。この本の「基本述語型」、つまり名詞文や動詞文が一応わかり、とにもかくにもかんたんな文が作れるようになった段階で、すぐ接続詞が使われます。初級のごく初めの作文を例にした「60.2 文のつながり方」の中でも、接続詞を使いました。

     わたしは毎日あさからばんまで日本語をべんきょうします。

     けれども、日本語はとてもむずかしいです。

     ですから、わたしはまだ日本語があまりじょうずではありません。

 日本語を少しずつ習いながら、それを実際に使って行こうとする学習者たちは、基本述語型のだいたいを理解しただけで、かなりのことを表現できます。しかし、ただ単文を並べて行くだけでは、文の間の論理関係がはっきりしません。そこで、接続詞が必要になります。接続詞をうまく使えば、基本的な単文を並べることで、(複文の構造や、その基礎となる普通形などの活用の難しさを気にすることなく)一応の会話をすることもできます。あとは話の内容に応じた単語力の問題です。

 しかし、適切に接続詞を使うためには、前後の文の意味内容、そしてその文の間の意味関係を正確につかみ、それに合う接続詞が選べることが必要です。

これは、実はかなり難しいことなのです。それで、微妙に意味のずれた使い方になってしまいがちです。基本的なものほど、意外に使い方が難しいということは、接続詞にも当てはまることです。

 初級でよく出される接続詞の主なものは、

     そして それから だから しかし すると では さて・・・・

などですが、接続表現として実際に使われるのは、一般に接続詞とされるものよりもずっと広く、様々な形が使われます。ここではそれらを「接続詞相当句」として接続詞と同様に扱います。また、接続詞にも接続詞相当句にも指示語を含んだものがかなりあり、一つのグループとしてまとめられます。さらに、前の文の内容を受ける形として、「だ」や「する」を含んだ接続表現があり、独特のグループを形作ります。

 以下でとりあげる接続表現の中には、ほとんど従属節に近いものがありますが、「文の接続」という観点から、接続詞相当句として扱います。

 具体的な議論の方法としては、まず初めに、従属節を形作る形式との比較の中で、接続表現の問題点を考えてみます。「複文」と「連文」とは、いったい何が違うのかということです。

     図書館へ行って、本を借りた。

     図書館へ行った。そして、本を借りた。

     とても難しかったので、あまりできなかった。

     とても難しかった。それで、あまりできなかった。

     手紙をもらったが、返事を出さなかった。

     手紙をもらった。しかし、返事を出さなかった。

     窓を開けると、子どもたちの遊ぶ声が聞こえた。

     窓を開けた。すると、子どもたちの遊ぶ声が聞こえた。

 接続詞の中のかなりのものが、上の例のように意味的に対応する従属節があります。従属節と対応しないのは、

     さて、そろそろ始めましょうか。

     つまり、まだぜんぜんできていないというわけですね。

のような接続詞です。それらのいくつかを取り上げて用法を調べる中で、従属節と、つまり複文と対応しない接続の型とはどういうものかを考えます。

 次に、指示語を含んだ接続表現をとりあげ、なぜそのようなものが多いのかを考えます。最後に、以上のことを考える中で浮かび上がってくる、文を接続するとはどういうことか、という問題を考えてみます。 

 では、接続表現の用法を一つ一つ見ていきながら、そこにある問題を考えていきましょう。類似の複文との対応に注意します。


62.2 並ぶ・続く・加える・反対する(並列・継起・累加・選択・逆接)

 基本的な、二つの文を「並べる」形から見ていきます。それから、それに近いものをいろいろと。一つの接続詞がいくつかの関連する用法を持っているので、それぞれ比較対照する接続詞をあげていくと、どんどん広がっていきます。 


62.2.1 そして(そうして):継起・並列

 連用節の最初に「~て、~」をとりあげましたが、最初にとりあげる接続詞もそれに対応する「そして」です。辞書などを見ると、「そして→そうして」とあり、「そうして」の項を見ると、「そして」とも言う、と書いてあることが多いのですが、現在ではこれは全く逆でしょう。「そして」が「そうして」の「くだけた言い方」なのではなく、「そうして」のほうが書きことば、あるいは、何らかの効果をねらった言い方なのでしょう。

それはともかく、最も基本的な接続詞です。

   A 前の文に続いて次の文の内容が起こることを表す

か、または、

   B 前の文の内容に次の文の内容を並べて述べる

場合に使われます。

   (A) 学校へ行きました。そして、日本語を勉強しました。

      彼は恋をした。そして、結婚した。

      彼は銀行から金を借りた。そして、事業を始めた。

 これは当然、前の動作は完結していて、述語は動詞に限ります。それに対して、Bは動詞に限りません。

    (B) 太郎は山へ行った。そして、花子は海へ行った。

      彼女は昼は会社で働いた。そして、夜は大学に通った。

      私はアルバムを見ていた。そして、ふるさとを思い出していた。

      これは私の本です。そして、それは田中さんのです。

      これは安い。そして、とびきりおいしい。

 (A)(B)の用法は、「~て、~」の用法の「継起」「並列」と並行しています。ただし、こちらのほうがいちど文を言い切っているだけ、後から「付け加えている」という感じが強くなります。

      彼は恋をして、結婚した。

というと、それ全体で「一つの事柄」という意味合いが強くなります。それに対して、

      彼は恋をした。

でいちど文を切ると、その後「しかし」などで受ける可能性が生まれ、そこにほんの少し、緊張感が生まれます。ちょっと間をもたせる、と言ってもいいでしょう。そこを「そして」で受けると、物事が順調に進んで、二つの文で一つの事柄が完成する、ということになります。ただし、「~。そして失恋した」とも続けられますが、その場合は「恋→失恋」で「一つの成り行き」が完成したと考えるわけでしょう。

上のBの後の二つの例では、「そして」で結ぶのはちょっとわざとらしい感じがします。「~て、~」で結んでしまって、複文にしたほうが自然でしょう。

 「そして」で結ばれる二つの事柄は、全体で一つのまとまりを持つものであることが必要です。時間的関係なり、対比的関係なりを持った、「同質の」内容でなければなりません。関係のない事柄を結ぶと、奇妙な文章になります。

    ?これは安いです。そして、あれは赤いです。

    ?彼は銀行から金を借りた。そして、居間でテレビを見た。

 「~て、~」の用法の中で、理由・手段・様子は、「そして」では表しにくいようです。

     おなかが空いて、力が出ませんでした。

     おなかが空いていました。そして、力が出ませんでした。

     おなかが空いていました。それで、力が出ませんでした。

 「~て」の従属節は理由と解釈されますが、「そして」の例はそれぞれ別の(しかし、その時の状況を表すという点では一つの)ことと解釈されやすいでしょう。前の文をあとの文の理由としたいなら、理由を表す他の接続詞「だから」や「それで」を使うことになります。

手段・様子は、ある一つの状況から一つの面を「手段+動作、様子+動作」として取り出して表現する用法なので、二つの文にして「そして」で結ぶだけでは表せません。

     日本人はナイフやフォークのかわりに箸を使います。そして、肉でも魚でも食べ

     ます。

     毎朝バスに乗ります。そして、学校へ行きます。(乗って、学校へ)

     鏡を見ました。そして、自画像を描きました。(鏡を見て、自画像を)

     いすに座っています。そして、新聞を読んでいます。(いすに座って、新聞を)

 それぞれを、「~て、~」でつないだ文と比べてみて下さい。「そして」にすると二つの文が並ぶだけで、「手段・様子」などといった用法とは別の、「継起」に近いものになってしまい、微妙なずれを感じます。

 ここで「そうして」を使うと、「そう」の「様子」という元の意味が生きて、前の文の内容を指示することができます。

     日本人は箸を使います。そうして、肉でも魚でも食べます。

     鏡を見ました。そうして、自画像を描きました。

「そして」と「そうして」の違いは、ここに多少ですが、現れます。

「~て、~」で結ばれた二つの文が同じことを表す言い換えにすぎない場合、「そして」は使えません。

     担当者は彼で、私ではありません。

    × 担当者は彼です。そして、私ではありません。  

     担当者は私ではなくて、田中さんです。

「~て、~」には「逆接」という用法も例外的にありますが、これは意味の問題で、形式としては同じになります。あとで「しかし」などをとりあげるときに「逆接」の問題に触れます。


[ソシテとムード]

 「~て、」はそれ自体のムードを持たず、主節のムードと同じものと解釈されます。(→ 46.1.5)

     それを持って、ここに立ちなさい/立ってください。

     これから散歩に行って、本を買うつもりだ/買ってこよう。

「持って」は、「持ちなさい」「持ってください」に、「行って」は、「行くつもりだ」「行ってこよう」の意味になります。

 「そして」も、その両側の文のムードに似たような制限があります。例えば、前が命令文なら、「そして」に続く文も命令文です。

     それを持ちなさい。そして、ここに立ちなさい。

    ?それを持ったね。そして、ここに立ちなさい。

    ?彼が来ました。そして、彼に会ってください。

 疑問文を二つ「そして」でつなぐ場合は、多少特別な文体的効果を感じます。

     これがあなたので、こっちが彼のですか。

     これがあなたのですか。そして、こっちが彼のですか。

     明日の委員会にお出になって、ご意見を発表なさいますか。

     明日の委員会にお出になりますか。そして、ご意見を発表なさいますか。

 一度文を切って、相手の反応を待ち、さらに畳みかけるようです。

 意志表現の場合。前の「~て、」の例文と比べてみてください。

    ?これから散歩に行こう。そして、ついでに本を買ってくるつもりだ。

     これから散歩に行こう。そして、ついでに本を買ってこよう。

「しよう」と「つもりだ」では、同じ意志表現と言っても、ムードとしてはずいぶん違います。その場の、直接的な意志表明と、少し前に考えてあった心づもりの違いです。「しようと思う」なら、「つもりだ」と共に使えます。

     これから散歩に行こうと思う。そして、ついでに本を買ってくるつもりだ。


62.2.2 それから:継起・数え上げ

「それから」は「そして」の二つの用法に対応する用法があります。まず、二つの事柄が続いて起こることを表します。もちろん複文の「V-てから」と関連があります。「そして」の継起の用法と近いものです。

     食事をしてから、映画を見た。

     食事をした。それから、映画を見た。

     食事をした。そして、映画を見た。

     まず、この仕事を片づけてしまおう。それから、食事に行こう。

     「昨日は5時に会社を出ました」「それからどうしましたか」

 「それから」は二つの動きの前後関係・順序を問題にする文型ですから、逆の順序もあり得ます。

     映画を見た。それから、食事をした。

 逆の順序があり得ない場合に使うと不自然です。この点は「~てから」と同じです。

    ?彼は恋をした。それから、結婚した。(○そして)

    ?彼は恋をしてから、結婚した。 (○て)

 「そして」は状態動詞や「Vーている」で表された同時に起こる二つの動作を結ぶことができますが、「それから」ではできません。

    ?私はアルバムを見ていた。それから、ふるさとを思い出していた。

    ?彼は一人で部屋にいた。それから、手紙を書いていた。

前後・順序に近い用法で、「V-てから」と同様に、「それ以来ずっと」の意味も表せます。あとの文は時間の幅を表します。

     5年前、日本に来ました。それからずっと日本にいます。

     先週、難しい幾何の宿題を出された。それから毎日考え続けている。

 「それから」のもう一つの用法は、名詞の接続でとりあげた「数え上げる」用法に近いものです。これは「~てから」にはない用法です。

     問題は、教員の不勉強です。それから、職員の怠惰です。

     送別会には田中が来た。それから、山田も来た。

 この「それから」は、時間の前後ではありません。次の例と比べて下さい。

     2時ごろ田中が来た。それから、山田も来た。

前の文で時間が示されているので、前後関係にとられやすくなっています。それでも、「数え上げ」ととれないとは言えませんが。

 「それから」には「そして」と同じようなムードの制限はありません。「~てから」と同じです。

     お母さんが帰ってきてから、遊びに行きなさい。

     もうすぐお母さんが帰ってくる。それから遊びに行きなさい。

 主体が同じ場合には、どちらも命令文になります。

     まず宿題をやってから、遊びに行きなさい。

     まず宿題をやりなさい。それから、遊びに行きなさい。

「命令文+それから」のあとにはやはり命令文が来るのがいいようです。

 意志を表す文も、続けられます。

     初めに、例の問題を片付けよう。それから、今日の仕事に取りかかろう。

 疑問文を二つ続けるのは、あまり自然ではありません。

     結果を見てから、次の手を考えますか。

     まず、結果を見ますか。それから、次の手を考えますか。

 むしろ、次のように言うでしょう。

     まず、結果を見て、それから、次の手を考えますか。


62.2.3 すると:継起

 連用節の「~と」と密接な関係があります。「継起」の用法はほぼ同じです。

条件を表す用法が、連文になると少し変わってきます。それと、「論理的帰結」という大げさな名前の用法がつけ加わります。それらの用法はまた別の項で扱います。

 「継起」の用法では「そうすると」の形もあります。「と」だけで使うのは、小説調の書きことばです。

 基本的な使い方は連続した事実の描写です。 

     私はお風呂に入りました。すると、電話のベルが鳴りました。

     私は風呂に入った。と、電話のベルが鳴った。

     太郎は箱を開けました。すると、中から煙が出てきました。

     朝が来た。すると、鳥たちがいっせいに鳴き始めた。

     彼女は、彼の言葉の嘘に気がついた。すると、急に、そこにいることに耐えられ

     なくなった。

 ただし、同一主体の意志的な動作はだめです。

    × 彼は部屋に入ってきました。すると、いすに腰かけました。

    cf.彼は部屋に入ってくると、いすに腰かけました。

「そして」や「それから」との違いは、「すると」の場合は、その二つの事柄があらかじめ予定・予想されていたことではないという点です。多少の意外性があります。

 「は」と「が」のかかり方について、「複文のまとめ」で出した「~と」と「~て」の比較のための例文を、「すると」と「そして」に替えてみましょう。

     太郎は上着を脱いだ。すると、彼はそれをハンガーにかけた。

     太郎は上着を脱いだ。そして、彼はそれをハンガーにかけた。

「すると」のほうは、「太郎」と「彼」が違う人を指しているように感じます。主題の「Nは」でも「すると」を越えて後ろの述語にかかれないことがわかります。ここは、複文と連文の違うところです。

 「~と」の「発見」に対応する用法もあります。

     私は目を開けました。すると、ベッドの横に母が立っていました。

     いつものようにドアを開けた。すると、前の廊下に猫がいた。

 逆に、前の文が継続性の例。複文の「~シテイルト、シタ」に当たります。

     私は部屋で本を読んでいた。すると、ドアをノックする音がした。


62.2.3 しかし・だが・けれども・ところが:逆接

これまた最も基本的なものです。「逆接」の接続詞、と言われます。直感的には、「そして」と反対の関係を表しますが、「そして」はふつう「累加・継起」とされ、「逆接」の反対概念である「順接」の接続詞というと「だから・それで・したがって」などがあげられます。このずれについては後で考えてみます。

 「しかし」は少し書き言葉的なところがあります。「けれども」は「けれど」「けど」などの形にもなります。「だが」は「が」だけの形もあります。これらは用法がかなり似ています。代表として「しかし」を少しくわしく見ます。


[しかし]

 複文の「~が、~」に対応し、前の文の内容に反するような文が続きます。

    1 私は学校へ行きました。しかし、勉強はしませんでした。

    2 彼はすばらしい恋をした。しかし、結婚はしなかった。

    3 これはおいしいです。しかし、それはおいしくないです。

    4 これは私の本です。しかし、それは田中さんのです。

例1・2・3の場合は、前の文と後の文の内容が反対なので、「逆接」という呼び名にぴったりです。

さて、例4の場合は「私の本」と「田中さんの」が相反する内容ですから、「しかし」が使われるのですが、この例は「そして」の例としても使ったものです。また、例3も「そして」を使うことができます。

     これは私の本です。そして、それは田中さんのです。

     これはおいしいです。そして、それはおいしくないです。

同じ文の連続に「そして」も「しかし」も使いうるというのは、どういうことでしょうか。 

 「前の文の内容に反する」ということについて考えてみましょう。いろいろな場合がありますが、基本的なものから。

  ①A:Aの否定

     これは赤だ。しかし、それは赤ではない。

  ②A:B/C/D・・・

     これは赤だ。しかし、それは青だ/黒だ/白だ/朱だ。

以上の二つの場合は、「そして」を使うことができます。二つの文を「対比」の関係と見れば「しかし」が使われ、両者がまとまって一つの事態を表していると見れば「そして」が使われるのでしょう。その意味で、この「しかし」は「逆接」というより、「対比」としておくのがいいでしょう。

  ③「AかつB」が否定される

     これはおいしい。しかし、高い。

   「おいしい・安い」が望まれる一つの組合せで、それに反しています。

     これは安い。しかし、おいしくない。

   と対になります。では、次の例はどう考えるのでしょうか。

     これはおいしい。しかし、安い。

  この場合、「おいしい→高いはずだ」という常識的な論理が裏にあるのでしょう。次の④です。

  ④「A→a」の「A」「→」「a」のどれかが違う。

    (勉強すれば、試験の点はいい)

     勉強した。しかし、試験の点はよくなかった。

     勉強しなかった。しかし、試験の点はよかった。

     勉強した。だから、試験の点はよかった。

     試験の点はよかった。しかし、勉強したからよかったわけではない。

一つの文の内容の否定ではなく、二つの文の間にある論理を何らかの形で否定するものです。これらは「そして」と対応せず、「だから」などと対応します。

 なお、④の最後の例は、「勉強しなかったけれどよかった」と、「勉強はしたけれど、よかったのは別の理由による」という場合と、二つの可能性があります。これは否定のかかり方の問題です。

 以上の例は、かなり人工的に基本的な形にしたものです。実際には「対比」「逆接」関係がわかりにくいものがいろいろあります。

     朝になった。しかし、夫は帰ってこなかった。

 「朝になる→夫は当然帰っているはず→しかし、帰ってこない」の真ん中の部分が省略されています。このような省略はごくふつうのことです。

     子どもはかわいかった。しかし、彼はなぜか抱くのが怖かった。

      「かわいい→抱きたくなるはず→しかし~」」

      私はアンチ巨人だ。しかし、巨人が弱すぎるとつまらない。

      「アンチ巨人だ→巨人が弱いとうれしいはず→しかし~」

 このぐらいの推論は当然のこととして、「しかし」が使われます。しかし、この推論の部分がわからないと、日本語学習者はつまづいてしまいます。

     これは安い。しかし、こっちのはもっと安い。

 これはなぜ「しかし」なのでしょうか。「これで満足かも知れない。しかし、満足してはいけない」というような論理でしょうか。 

 「しかし」には、以上の用法のほかに、話を切り替える用法があります。

    「もうすぐ頂上だぞ」「ああ。しかし、腹減ったなあ」

    よし。レポートができた。これで単位は大丈夫。しかし、我ながら汚い字だねえ。

    「いやあ、満開だねえ」「きれいねえ」「さて、どこがいいかな。しかしまあ、

     人がいっぱいだねえ」     

 これらの例は直接の論理的な関係はありませんが、「望ましいこと:望ましくないこと」という対比があると言えるかもしれません。

 連用節の「~が、~」の後に重ねて使うこともあります。

     確かに彼のいうとおりだが、しかし、それを認めては負けになる。

「ね・ですね」などをつけて、相手の意見に反対であることを示す言い方もよく使われます。

     「これで絶対大丈夫です」「しかしね、そううまく行くかねえ」


[逆接とムード]

後の文はさまざまなムードになり得ます。

     田中は来なくていい。しかし、お前は来い。

     確かに、箱はここにある。しかし、中身はどこだ?

前に命令が来ると、後の文はその内容の否定、つまり禁止に類するムードになります。違った命令にもなります。

     これをやりなさい。しかし、人に助けてもらってはいけないよ。

     この荷物を片付けろ。しかし、この箱は置いておけ。

     なるべく早く帰ってこいよ。しかしまあ、夕方でもいいや。

 「命令文+しかし」の後に、ふつうの断定・描写のような文を続けようとすると、うまく行きません。

     レポートを早く提出しなさい。しかし、締め切りまで十日ある。

この後に、「~から、そんなに急がなくてもよい」のような、禁止の反対の許容の表現を付けたくなります。

 疑問文を二つつなぐのは変な感じがします。

    ?あした行きますか。しかし、彼とは会いませんか。

 逆接というのは、前の文(節)に対して反対のことを言うわけで、前の内容がある程度はっきり決まらないことには言えない性質のものです。ですから、

     あした行きますか。しかし、彼はいないと思いますが。

のように、「行く」ことを仮定して、それに対して「しかし」と逆接的内容を続けていくのです。 

 なお、話しことばとしては「しかし」はずいぶん改まった、あるいは硬い感じがします。以上の例でも「けれども・だが」などのほうがぴったりします。

以上、逆接の接続詞の代表として「しかし」について少しくわしく見てみました。以下では、「しかし」に意味が近い「だが・が・けれども・ところが・でも」をかんたんに見てみます。


[だが/ですが]

 「だが」は、ナ形容詞・名詞述語の「だ」+「~が、~」ですが、動詞文を接続することができます。硬い言い方です。「しかし」にあった、話を切り替える用法はありません。

     彼女は優秀な研究者だ。だが、今回の実験には失敗した。

     実験は失敗した。だが、我々はあきらめない。

 「だ」は丁寧形の「です」と交替します。丁寧体の中で使われ、柔らかい言い方になります。

     実験は失敗しました。ですが、私達はあきらめません。

     「この話はちょっと無理ですね」「ですが、そこを何とか・・・」

 さらに丁寧な話し方では、「ではございますが」という形も可能です。

 これは、他の接続詞にも多く見られることですが、述語の語尾を含み、その丁寧形もあるということは、日本語の接続詞の一つの大きな特徴です。

 複文の「~が、~」の「前置き」の用法は、「だが」にはありません。


[が]

 「だ/です」のない「が、~」の形は、書きことばで、文体的効果をねらっている感じがします。一度言い切った後から付け加える感じです。

     この仕事は非常に難しい。が、やりがいがある。

     この仕事は非常に難しいが、やりがいがある。

     彼はその日、やってきた。が、時間に間に合わなかった。


[けれども]

「しかし」よりも話しことば的で、「けれど」「けど」「だけど」など、いろいろな形で使われます。

     田中君の家へ行きました。けれども、田中君はいませんでした。

     これはなかなかいいね。だけど、値段も高いねえ。

 この形も、元は複文の接続助詞によるものです。「声はすれども姿は見えず」などと言うときの「すれども」に名残が見られます。

 複文を作る場合にも同じ形で使われます。

     田中君の家へ行ったけれども、田中君はいなかった。

 「だが」と同じように、「だ・です」を付けた形があります。「で(は)ございますけれど(も)」を別にすれば、次のような形がすべて使えます。

  けれども    けれど    けど        

  だけれども   だけれど   だけど   だけども        

    ですけれども  ですけれど  ですけど       

  「けれども」以外は話しことばです。「~けど(も)」はかなりくだけた言い方です。「だ・です」を含む形は、「だが/ですが」と同じように使い分けられます。「ですけども」は、「です」の丁寧さと「けども」のぞんざいさが合わないように感じますが、実際には使われているかもしれません。


[ところが]

 「ところが」は、以上のものと少し違った特徴を持っています。

 ある状況を受けて、予想されたこととは違ったことが起こったことを表します。後の文が、確定したことであることが大きな特徴です。連用節の「~したところ(が)」よりも使用範囲が広く、多く使われます。     

     彼は金庫を開けた。ところが、中には何もなかった。

     彼らは、我々をつかまえようと待っているだろう。ところが、あいにくなこと

     に、我々はそこへは行かないのである。

    × 彼女は毎年優勝している。ところが、今年は優勝できないだろう。

    (○しかし/だが/けれども)

    × これからパーティがある。ところが、私は行かないつもりだ。

 推量や話し手の意志のある文とは使えません。


[でも]

 話しことばでよく使われます。その前の内容を一応認めて、しかしなお言っておきたい、ということで、言い訳・不承諾の理由などにも使われます。

 逆接の条件表現「~ても、~」ともともとは関係があるのでしょうが、それとは多少違った用法になっています。

     急いでも間に合わなかった。

     急いだ。でも、間に合わなかった。

     遊びに行きたい。でも、行けない。明日試験だから。

     これ、いいねえ。でも、ちょっと小さいかな。

     「これで大丈夫だね」「でも、もう一度確かめたら?」

     ちょっと言い過ぎたかなあ。でもまあ、あのぐらい言わないと、本気でやらない

     からなあ、あいつは。

     負けちゃってごめん。でもね、これでも必死でがんばったんだよ。

     「何度も言ってるでしょ、何で片付けないの!」「でもぉ・・・」

 「それ」のついた「それでも」という形もあります。

     9回裏、7点差で負けていた。それでも、我々はあきらめなかった。

     何にもお礼はできないよ。それでも、僕等を助けてくれるかい?


62.2.4 それとも・あるいは・または:選択

 いくつかの選択肢を示す表現です。基本的に疑問文を結びつけます。複文の場合は「55.3 連用節をつなぐ接続詞」でとりあげました。


[それとも]

疑問文を結びます。次の「あるいは」「または」との違いは、一つの疑問文を言ったあとで、さらに付け加えているという感じがすることです。話しことばでよく使われます。

     コーヒーは先にお持ちしますか。それとも、お食事のあとにいたしましょうか。

     今から行こうか? それとも、明日にする?

     どれがいいかなあ。これもいいねえ。それとも、こっちかなあ。


[あるいは]

 名詞・疑問文をつなぐことができます。硬い言い方です。それぞれの文が独立しているという感じが弱く、二つの文で組になっていると見なせます。

     生きるべきか、あるいは、死ぬべきか。

     このまま続けたほうがいいか。あるいは、止めたほうがいいのか。

     卒業して就職するか。あるいは、大学院へ進むか。そろそろ考えておきなさい。

     ここでじっと助けを待つ。あるいは、道を探して歩き回る。どちらを選ぶか。

 最後の例は、二つの文が名詞節に近くなっています。

 次の例は、推量のムードで、内容が確定していないために「あるいは」で結べるのでしょう。

      あと50年生きるかもしれない。あるいは、明日死んでしまうかもしれない。


[または]

名詞・疑問文を結びますが、「あるいは」と同じく、二つの文が一組になっています。

     バスに乗ってみるか、またはタクシーで行くか。どちらにせよ、金が要る。 

     AとBを結んでください。または、AをBに結び、BをCに結んでください。

この例はちょっと不自然に感じる人がいるかもしれません。


62.2.5 それに・そのうえ・しかも・また:累加

[それに]

 前の文の内容と同じ類のことを付け加えます。複文の「~し、~」に近いものです。何かの理由として述べることが多いです。

     日が傾いてきた。それに、風も出てきた。早く帰ったほうがいい。

     (日が傾いてきたし、風も出てきたし、~)

     これがいいよ。なんたって安いし。それに、おまけまで付いているよ。

 数え上げるような用法もあります。

     田中や山田がいたな。それに、田山と中田もいたな。

     

[そのうえ]

 複文の「~うえに(54.1.5b)」と対応する接続詞です。前の文と同じような評価の内容を付け加えますが、後の文のほうが程度がより「上」であることが多いです。

     父にひどく叱られた。その上、こづかいを没収された。

     彼はなかなか男前だ。その上、頭が切れて、金があるんだから、いやになる。

     最近、輸出が伸び悩んでいる。その上、株価が下落してきた。


[しかも]

 「そのうえ」と同じような意味を表しますが、前の事柄(のよさ、ひどさ)をさらに強調するような内容を補足する用法もあります。

     この本は薄くて高い。しかも、内容がない。

     彼女は子どもが6人いた。しかも、ふたごが二組いた。大変だった。

     よくまあ、こんなすごいことをやったもんだ。しかも一人で。

     妹が朝早くから電話をかけてきた。しかも、つまらない用事だった。

 最後の二つの例は、「そのうえ」では少し合いません。

「しかも、その上」と二つを続けて使うこともあります。

     私の妻は家事が大嫌いだ。しかも、その上、おしゃべりで買い物好きだ。


[また]

 これも、後の文が前の文の内容につけ加わるのですが、同じ類のことでなくともよいのが特徴です。少し違った方面のことや、反対のことなどでもかまいません。また、上の三つに比べると、その事柄に対する評価の含みが特にありません。客観的に並べるだけです。

     この公園は木がたくさんある。また、花も植えられている。

     この公園は木がたくさんある。それに/その上/しかも、花も植えられている。

     (大変よい公園だ)

 「また」の例では、事実として述べているだけですが、「その上」などでは積極的によい評価を与えています。

      彼は、日曜にはテニスをすることが多い。また、ゴルフにもときどき行くことが

     ある。

     彼女はしっかりしていて働き者だ。また、子ども好きでもある。

 「しかしまた」という言い方もあります。

     この小説は、まず読んで面白い。しかしまた、人生について深く考えさせるとこ

     ろもある。広く推奨する次第である。


niwa saburoo の日本語文法概説

日本語教育のための文法を記述したものです。 以前は、Yahoo geocities で公開していたのですが、こちらに引っ越してきました。 1990年代に書いたものなので、内容は古くなっていますが、お役に立てれば幸いです。

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