57. 名詞節(1)

        57.1 概観

        57.2 「~の」と「~こと」:述語の種類

        57.3 V-ところ

        57.4 「~か(どうか)」:疑問節

        57.5 「~のは/のが ~だ」:強調構文


57.1 概観

基本述語型の名詞のところに「(補語+)述語」が入るものを名詞節といいます。基本述語型の名詞の後に助詞がついて補語になるわけですが、名詞節の述語のすぐ後に助詞がつくことはまれで、「の」か「こと」が間に入って述語と助詞をつなぐのがふつうです。

基本述語型の述語はいろいろな補語をとりますが、ある種の補語をとりうる述語は限られています。それと同じように、名詞節をとりうる述語も限られています。また、主節の述語の種類によって、名詞節の中の述語に対する制限も違ってきます。

 具体的な例を見てみましょう。

    1 私の仕事は[日本語を外国人に教えること]です。

    2 ここから[学生が野球をしているの]が見えます。

    3 事務の人が廊下で[授業が終るの]を待っています。

    4 私は、その時まで[彼女が来たこと]に気が付きませんでした。

    5 おばあさんが[浦島太郎が亀を助けたこと]を話した。

    6 私の仕事は日本語教師です。

    7 ここから学生の野球が見えます。

    8 事務の人が廊下で先生を待っています。

    9 私はその時まで彼女に気がつきませんでした。

    10 おばあさんが昔話を話した。

 例1から例5は、それぞれ例6から例10の名詞が入っているところに「補語+述語(+こと/の)」つまり「節」が入っています。述語、「Nが」「Nを」「Nに」の代わりに名詞節が入り、複雑な文になっています。


[ノとコト]

 述語を含んだ節を名詞扱いするために、名詞節の中の述語につける要素として「の」と「こと」のどちらを使うかは、主節の述語によって違います。

 例1の場合、「名詞節+です」で名詞述語になっています。この「こと」を「の」にすると、不自然な文になります。無理に解釈すれば、複合述語の「~のです」とみなすことになります。

     ? 私の仕事は日本語を外国人に教えるのです。

 例2、例3は「こと」では言えません。例4は「の」も使えます。

     × ここから学生が野球をしていることが見えます。

     × 事務の人が廊下で授業が終ることを待っています。

     私はその時まで彼が来たのに気が付きませんでした。

 例5では「の」が不自然になります。

     × 太郎が亀を助けたのを話した。

 学習者はこの「の」と「こと」の使い分けをを覚えなければなりません。この使い分けはばらばらなものではなく、それによって述語を分類することができます。学習者はその分類を覚えれば、ある程度は予想ができます。

 また、名詞節の述語の形を見ると、例4と例5だけが過去になっています。それに対して、例えば例1の「教える」を過去にすることはできません。

    × 私の仕事は日本語を外国人に教えたことです。

 同様に、名詞節の述語が否定の形でもいいものと、ダメなものがあります。

     教育の秘訣は、教えすぎないことです。

    ?ここから学生が野球をやっていないのが見えます。

     私は、彼がいなくなったのに気がつきました。

 こういう制限については、後で述語のグループ分けをしながら見ていくことにします。

 もう一つ、例1では名詞節の中に「Nが」が入りません。他の例では入っています。つまり、主体を必要とする名詞節とそうでない名詞節があります。このようなこともそれぞれの名詞節の重要な特徴です。

     × 私の仕事は私が外国人に日本語を教えることです。


[名詞節をとる述語とは]

名詞の位置に節が入るといっても、どんな述語でも名詞節をとれるわけではありません。名詞節をとれる述語ととれない述語の違いとは、具体的には次のようなことです。例えば、

     パンを食べる

の「パン」のところに名詞節を入れることはできません。しかし、

     テレビを見る

の「テレビ」の所には節が入れられます。例えば、

     昔、後楽園で王がホームランを打つのを見た。

「後楽園で王がホームランを打つ」、この文によって表わされている光景を「見る」ことはできますから、上のような文が成り立ちます。「パンを食べる」の場合は、「パン」のかわりに入りうるような、何か「文に相当するもの」を考えることができません。それは、「食べる」という動詞と「見る」という動詞の意味的な違いによります。

名詞節の中の「打つ」という動詞は、そのまま格助詞の「を」に続けて

    × ホームランを打つを見る

とはできないので、接着剤のような役目をする「の」がなければなりません。「の」は述語を名詞相当のものにして、助詞につなぐ役目をします。「こと」も「の」と同じような働きをする重要な言葉です。「の」と「こと」のどちらが使われるかは、主節の述語によって決まっています。

また、「パン」のかわりに、

     そこにあったのを食べた。

とすると、これは「そこにあった」+「の」で、名詞節のように見えますが、これは実は連体節です。「そこにあったの」全体が「パン」のかわりなのではなく、最後の「の」が名詞に当たるのです。

     そこにあったパンを食べた。

という文と比べてみると、そのことがはっきりします。この「パン」のかわりに「の」が入っているのです。

     [彼女がそこにいた]の を見た。   (名詞節)

     [そこにあった]パン/の を食べた。 (連体節)

名詞節の基本は「の」と「こと」によるものですが、ほかにも名詞節と考えられるものがあります。


[トコロ]

 まず、「ところ」という形式名詞によるものです。

     ちょうど彼が出て行くところを見た。

「ところを見る」と言っても、具体的な場所を見るわけではありません。

     彼が隠れていた所を調べた。

なら「(そこに)彼が隠れていた、その場所を調べた」と考えられ、連体節です。

上の例の「彼が出て行くところ」のほうは、ちょうどその場面・光景を見た、ということです。「場所」の意味はありません。このような「ところ」も名詞節を形作る要素です。


[疑問節]

もう一つは、疑問文が名詞節となったものです。

     その製品の特徴を聞いた。

     その製品はどんな特徴があるか(を)聞いた。

「特徴を」という補語のところに、「その製品はどんな特徴があるか」という疑問文の形が入っています。仮に「疑問節」と呼んでおきます。こういう節をとれるのは、「聞く」など、ある種の述語に限ります。この場合、助詞の「を」は多くの場合省いてもよく、話しことばでは省かれることが多くなります。疑問詞がない疑問節の場合は、

     その製品は良いものかどうか(を)聞いた。

のように「かどうか」の形が入ります。


[名詞節を受ける形式]

 さて、以上はどういう述語が名詞節をとるかということでしたが、述語のほかにも名詞節をうけるものがあります。例えば、格助詞の「原因・理由のデ」が受ける名詞節は述語が要求しているわけではありません。

     双方が自分の非を認めることで、問題が解決した。

格助詞相当句の場合も同様です。

     食堂の営業を停止したことに対して批判があった。


[「という」の挿入]

もう一つ、名詞節で考えなければならないことは、「という」が入れられるかどうかです。「という」は「外の関係」の連体節で問題にされることが多いのですが、名詞節でも使われます。どういうときに入れられ、その働きは何なのかという点についても考えていきます。

では、以上述べたことをもう少しくわしく見ていくことにしましょう。


57.2 「こと」と「の」:述語の分類

上で述べたように、「こと」と「の」の名詞節をとる述語は限られています。そして、どちらをとるか、あるいは両方とも使えるか、は述語によって決まっています。学習者が「こと/の」を正しく使い分けないと、誤解は起こらないにせよ、どうも落ち着かない文になってしまいます。どちらをとるかは、述語の意味などによってある程度予想できます。それらを分類してみましょう。


A.複合述語として扱ったもの

  [1] ある、できる、する、なる              こと

  [2] 好きだ、嫌いだ、上手だ、下手だ、得意だ、苦手だ   こと/の

 基本的に「こと」を使いますが、「の」を使えるものもあります。


B.動詞

 補語として名詞節をとる動詞にはどのようなものがあるか、その場合「の・こと」のどちらを使うのかを見ます。

  [3] 言う、話す、伝える、教える、書く、読む、命令する、頼む、要求する、許す、 

     考える、信じる、疑う、決める            こと

  [4] 知る、わかる、覚える、忘れる、思い出す、喜ぶ、楽しむ、驚く、満足する、

     後悔する、ほめる                  こと/の

  [5] 見える、聞こえる、見る、聞く、感じる         の

  [6] 待つ、手伝う、遅れる、急ぐ、とめる          の

     やめる、よす、避ける、防ぐ、急がせる         の/こと 

  [7] 比べる、違う、似ている、分ける、同じだ        の/こと

感覚など「その場」で名詞節の内容が起こる動詞は「の」をとり、言語・思考などの精神的な動詞は「こと」をとるものが多いです。

 必須補語でない「Nで」などや格助詞相当句などが名詞節を受ける場合は、[7]のあとで見ておきます。


C.形容詞を中心に

 [8] 悲しい、嬉しい、恐い、心配だ             こと/の

 [9] 確かだ、明らかだ、当然だ、事実だ、難しい、無理だ、夢中だ、熱心だ、

    必要だ、大切だ、重要だ               こと/の


 一般の属性形容詞は名詞節をとりません。事柄の確かさ、可能性、重要性などを表す形容詞が名詞節をとることができます。それと、感情形容詞です。感情を表す動詞もここに入れます。「こと・の」どちらもとれるものが多いです。


D.名詞文

 [10] ~は/が ~だ                   こと/の

 名詞文はいろいろと難しい問題がありますので、最後にとりあげます。

 全体的な傾向として、抽象的な事柄は「こと」が使われ、その場面に直接関わること・感覚的な事柄は「の」が使われます。また、必ずどちらを使うか決まっている述語と、おもに片方を使うけれども文脈によって他方を使うことができるもの、ほぼ同等に両方が使えるものがあります。両方使えるものでは、「の」のほうが話しことばです。では、一つ一つ見ていきましょう。


57.2.1 固定化した複合述語

   ある、できる、する、なる

最初は、かなり固定化した慣用的な文型の中で「~こと」が使われるものです。これらの「ある」や「する」はふつうの意味とは少し違います。

 初めの「ことができる」は過去・否定の形の述語をとることができません。それ以外のものは、節の中の述語の形が現在形か過去形かによって文型の意味が違い、二つずつ対立しています。否定の形はとることができます。下の1と4は動詞に限られますが、他のものは形容詞・名詞述語でも成り立ちます。

   1 彼女は朝鮮語を読むことができます。(V-ことができる)

   2 外国へ行ったことがありますか。(~たことがある) 

   3 先生がときどき遅刻することもあります。(~ことがある)

   4 あした出発することにしました。(V-ことにする)

   5 君は病気だったことにしてください。(~ことにする)

   6 私たちは秋に結婚することになりました。(~ことになる)

   7 これで一通り見たことになる(~たことになる)

これらの名詞節は、一つの慣用的な組みあわせの複合述語と考えてもよいでしょう。意味・用法については、複合述語のところでそれぞれ説明しました。

 これらの多くは、主節の述語の主体と名詞節の主体とが同じです。例えば、例1の「アラビア語を読む」人も「~ことができる」人も同じ「あの人」です。

 けれども、「~ことにする」だけは、節の述語の主体と複合述語の主体が違ってもかまいません。

     この金は初めからここにあったことにしましょう。

「あった」のは「この金」で、「~ことにする」のは「私たち」です。

「という」についてみると、3から7の文型で一応使えます。よく使われるのは5の仮想的な用法の場合と7の「まとめ」のようなことを言う場合です。

     私も会に出席したということにしておいてください。

     結局、全部で20人来たということになります。

 「という」が言語・思考活動の内容を示すというところから出てくる用法でしょう。

 「できる」は、ふつうの能力ではなくて、次のような場合なら言えます。

     上司にゴマをするということがどうもできなくて、・・・・。

      あの人は小さな声で話すってことができないのかねえ。

 こちらは、ことさらにそれを話題にする、というような意味合いでしょうか。


57.2.2「は・が文」のナ形容詞

    好きだ、嫌いだ、上手だ、下手だ、得意だ、苦手だ

次は「~は~が」述語です。前の「ある・できる」もそうでしたが、違うところは、「こと」だけでなく「の」もとれる点で、話しことばではむしろ「~の」のほうがふつうであることです。名詞節の中の述語は意志動詞の基本形に限られ、過去形や否定形にはなりません。そして主体は必ず主節と一致します。つまり、この名詞節が表すのは、個別の動作ではなく、頭の中で一般的なこととして概念化された動作です。初級でおなじみの文型です。

     私はテレビで野球を見るの/こと がいちばん好きです。

     タンさんは日本語で話すの/こと が上手(下手、苦手)です。

 「という」は使うことができますが、使わない方がふつうです。

     私は権力に服従するということがいちばん嫌いです。

     人前で話すということがどうも苦手です。

     人前で話すというのはどうも苦手です。

     部下を上手に使う、ということが下手で、出世できません。

 「という」の有る無しで何が違うのか、(というの)はなかなか難しい問題です。「5.名詞・名詞句」のところで、「東京という町」などの例をあげて、前の名詞を強く印象づけるためにちょっと間を持たせているような用法、だと述べましたが、ここでも同じように言うしかないでしょう。


57.2.3 思考・言語関係の動詞

 さて、動詞です。まず、基本的に「こと」をとる動詞から。言語による「伝達」に関する動詞、言語によって誰かに「働きかけ」る動詞、「思考」に関する動詞、などがあります。「働きかけ」の動詞は、節内の述語に過去の形をとれません。「働きかけ」はこれから起こることに関するものだからです。否定の形は多くの場合とれます。

    言う、話す、伝える、教える、書く、読む、知らせる、発表する

    命令する、禁じる、勧める、頼む、要求する、祈る、約束する

    考える、思う、信じる、疑う、理解する、反省する、決める  

 基本的に「こと」をとる動詞ですが、また、引用の「と」もとる動詞です。

     午後、会議があることを皆に伝えた/言った。

     浜辺で亀を助けたことを話した/述べた。

     上官が部下に捕虜を殺すことを命じた/命令した。

     福祉を充実させることを要求した/求めた。

     建物の中に入ることを禁じた/許した。

     今日も無事故であることを願った/祈った。

     日本に留学することを決心した/決めた。

     勤めをやめることを考えていた。

 「と」と「こと」を比べてみます。

     新しい時代が来ると話した。

     新しい時代が来ることを話した。

     卒業式をやめると決めた。

     卒業式をやめることを決めた。

     卒業式をやめるのを決めた。

 「の」の例は少し落ち着きません。

 「話す」の例では、「と」のほうは「新しい時代が来る」ということばそのものが使われたように感じますが、「こと」のほうではその「内容」が話されたに過ぎません。例えば、「新しい時代が来る」ということばそのものは使われず、「世の中はこれから大きく変わる」というように言われたものを、発話者が「新しい時代が来る」という言い方でまとめたのかもしれません。

 また、否定にすると、「と」と「こと」の違いが出ます。

     新しい時代が来ると(は)話さなかった。

     新しい時代が来ることを話さなかった。

 「こと」のほうでは「来る」のは確定的な事実のようです。はっきりしていることを教えてあげなかった、という意味を感じます。「と」のほうでは、そういうはっきり言えないことは話さなかった、という意味合いです。

 言いかえれば、「と」は「そのまま」です。「こと」は内容を一度頭の中で整理してから表現しています。

 この中で「の」がとれるのは「知らせる・信じる・反省する」などです。あとでとりあげる「知る」や「態度」の動詞に意味が近いからでしょうか。

     荷物を送ったのを知らせた。

     来てくれるのを信じていた。

     自分の不注意で失敗したのを反省していた。 

 「思う」などに副詞句が付いて「判断する・評価する」という意味に近い場合、「の」をとります。

     彼が途中で退席したのをどう思いますか。

 命令・依頼などの動詞は「と」以外にも「ように」をとる形があります。

     上官が部下に捕虜を殺すように命令した。

     福祉を充実させるように求めた。

これらの「引用」の問題は名詞節の後でとりあげます。

「という」は多くの場合入れられます。

     会議があるということを伝えた。

    × 捕虜を殺すということを命令した。

 節内の述語が「-だ」の場合は「という」が必要です。

     作戦は中止だということを伝えた。

     家族皆元気だということを手紙で読んだ。(元気なことを)

 「-だ」は「である」で置き換えられます。

     乗客が無事であることを祈った。


57.2.4 認識・態度の動詞

 次に「の/こと」のどちらもとれる動詞。事柄の存在の「認識」に関する動詞と、人や物事に対する「態度」を表す動詞です。

   知る、わかる、覚える、忘れる、思い出す、発見する、確かめる

   認める、確認する、見落とす、気が付く

   悲しむ、喜ぶ、楽しむ、怖がる、恐れる、驚く、怒る、寂しがる、

   満足する、後悔する、反対する、あきらめる、ほめる、我慢する

     3時から会議があるの/こと を忘れていた/見落とした。

     彼が病気 なの/であること を知っていた。

     そうできないの/こと はわかっていた。

     財布がなくなっているの/こと に気づいた/を発見した。

     その人が本人 なの/であること を確かめた/確認した。

     苦しい時に助けてくれたの/こと を覚えていた/思い出した。

     彼が来てくれるの/こと を期待して/望んで いた。

     一人で全部食べたの/こと に感心した/あきれた。

     その時はっきり言わなかったの/こと を後悔した。

     地震そのものよりデマが広がる こと/の を恐れている。

     親友が亡くなった こと/の を悲しんでいる。

     平和が訪れた こと/の を喜ぶ。

 「という」は、「こと」の場合は入れられますが、「の」の場合には多少不自然になるようです。述語が「-だ」の場合は必須です。  

     助けに来てくれるということを信じていた。

     開館は9時だということを思い出した。

 「の」の前で、名詞述語の「-だ」が「-な」になります。「こと」の前では「である」が使えます。

     子どもは半額なのを知らなかった。(×半額なことを)

     子どもは半額である(という)ことを知らなかった。


57.2.5 感覚を表す動詞

     見る、見える、聞く、聞こえる、感じる、見物する

感覚を表す動詞です。「こと」は使えず、「の」に限られます。節の中の述語は動詞の肯定形に限られます。動詞によっては過去形も可。しかし、主節の時よりも以前を指すわけではありません。否定形は意味的に難しいようです。

「という」は使いません。

     除夜の鐘が鳴るのをしばらく聞いていた。

     誰かが私のことを話しているのが聞こえた。

     彼がそこにいる/いた のを見たんです。

     人々が走っていく/いった のが見えました。

     心の中で何かが生まれる/た のを感じた。

     建物が揺れる/揺れている/揺れた のを感じた。

    ?彼らが立ったまま、全然体を動かさないのが見えた。

 「見る」の意味が感覚的なものでなく、知的なものになると「こと」を使うようになります。次の例では「検討する」「考える」に近い意味です。

     これまで、感覚動詞が「の」をとることを見てきました。

     日本語の研究が遅れていることをどう見るか。 

 感覚というのは、その時、その場で感じるものです。そのような特徴は、次の動詞にもつながっています。   

     

57.2.6 「現場性」の動詞 

 感覚の動詞が「現場性」とでも言える性質を持っていることを上で指摘しましたが、これから見る動詞もそのような特徴を持っています。

     手伝う、助ける、とめる、待つ、間に合う、遅れる

 これらの動詞は、ある動作がその場面で成立するかどうかに関する動詞です。「の」を使います。

     料理が来るのをじっと待っていた。

     映画が始まるのに間に合った。

     救急車の着くのが少し遅れたら危なかった。

 これらの動詞のもう一つの特徴は、意味的に名詞節の動作主体を主節の補語としてとれることです。

     料理を待つ   映画に間に合う   救急車が遅れる

 次の二つは形容詞の例です。

     担当者が間違いに気づくのが遅かった。

     彼のほうが着くのが少し早かった。

 次の動詞も同じように「の」をとります。

     私は子供が着替えるのを手伝った。

     子どもが駆け出そうとするのをとめた。

     彼女は外国人が困っているのを助けた。

     泥棒が逃げていくのを追いかけた。

     彼女が階段を下りてくるのにばったり出会った。

     風が吹き荒れていたのがやんだ。

     選手たちが懸命に走るのを励ました。

 これらの動詞も、意味的に名詞節の動作主体を主節の補語としてとれます。

     子どもを手伝う    子どもをとめる  外国人を助ける

     泥棒を追いかける   彼女に出会う   風がやむ

     選手たちを励ます   

 また、これらは連体節に書き換えることができます。つまり、

     困っている外国人を助けた。

     逃げていく泥棒を追いかけた。

という形に変えることができます。


[「の/こと」両方をとれる動詞]  

 以上の動詞に近い意味なのですが、「の/こと」の両方をとれる動詞があります。

     群衆が入ってくるの/こと を防いだ。

     対向車とぶつかるの/こと をさけようとした。

     旅行に行くの/こと をとりやめた/中止した。

     今日は出かけるの/こと を止めた。

     検査を始めるの/こと を延期した。 

     将軍を味方に引き入れるの/こと に失敗/成功した。

     差別的な表現になっているの/こと を直す/改めるべきだ。

これらの多くに共通するのは、行為の中止・改正などの意味であることです。「こと」を使うと、現にそこで起こっていることというより、将来の予期されることのほうが安定します。

     群衆が入ってくるのを何とか防いだ。

     非常時に群衆が入ってくることを防ぐためにシャッターを補強した。

 同じ「やめる」でも、次の例では「の」がふつうです。

     たばこを吸うのをやめた。

 これは、「これから吸う」「今、吸っている」「吸う習慣」のどれかをやめるという意味になります。

 

57.2.7 名詞節を二つとる動詞

 共同動作の補語「Nと」と一部の「Nに」をとる述語は二つの名詞節をとりうることになります。

     花を育てるの/ことは、子どもを育てるの/こと に似ている/と同じだ。

     子どもを育てるのは、ペットを飼うのとはぜんぜん 違います/別です。

     私たちは、科学の研究を進めることと、その成果を役立てることを区別し/分け

     て考えなくてはいけません。

     リンゴが落ちることと、月が地球のまわりを回っていることを比べて/比較して 

     見よう。

     販売が不調だったことと、広告費を節約したこととは関係がありません。販売の

     方法に問題があったのです。     

 「の」と「こと」の違いは、「こと」のほうが硬い書きことばに使われる傾向があるということでしょう。


57.2.8 動詞に支配されない名詞節

 さて、以上はどういう動詞が補語として名詞節をとるかということでしたが、動詞の必須補語とは別に名詞節を受けるものがあります。

 格助詞の中で、「で」は動詞による支配を直接受けないので、別に考える必要があります。「所で」「時で」などでは名詞節をとれません。「で」の前に「文に相当する内容」が来るのは、「原因・理由のデ」の場合です。

     双方が自分の非を認めることで、問題が解決した。

     企業が謝罪し、補償金を払うことで和解が成立した。

     A社が参入したことで、競争がいっそう激化した。

 これらの例のように必ず「こと」が使われ、書きことばになります。

 また、他動詞の「Nが」のところに「~こと」が来ることがあります。これはかなり多くの動詞がとりえますが、かなり硬い書きことばです。この「が」は、主体というより原因に近いもので、「原因・理由のデ」に似ています。

     予報が遅れたことが多くの災害を引き起こした。

     決断が遅れたことは、かえってよい結果をもたらしたのである。

     結局結論に達しなかったこと自体が制度の欠陥を示している。

     族議員を押さえられなかったことは、首相の無能を明らかにした。

     彼女が何も言わないことが彼を悩ませ/悲しませ/怖がらせ た。

 この対象の「Nを」のところに名詞節が入ることもあります。すると、二つの名詞節をとることになります。

     欠席するということは、責任を認めるということを意味している。

     私の案が認められたことが、私が手を引くことを不可能にした。

 このような文は、けっこう多く見られます。    

 副助詞も形の上では名詞節につきますが、その名詞節の形や内容を決めているのは、やはり述語です。

     そんな規則があることさえ知らなかった。(~ことを知る)

この例で、名詞節を受けているのは「さえ」ではなくて、その「陰にある」はずの「を」です。

 ちょっと違うのは格助詞相当句です。いくつかの格助詞相当句は名詞節につきます。そして、述語の支配を直接受けないので、つまり、多くの述語と使えるので、名詞節の使用範囲が大きく広がります。「こと」がよく使われます。

     輸出を伸ばすことによって、産業を発展させた。(×の)

     会議が延びたことによって、約束の時間に遅れてしまった。

     担当を外されたことにより、自信を失った。

     核実験を行ったことに関して、意見を述べた。(×の)

     口を挟んだことについて、さんざん批判された。(×の)

     食堂の営業を停止したことに対して批判があった。

     彼が政府側に立ったのに対し、彼女は住民側に立った。

     足を開くのと同時に手を上にあげます。

「こと」「の」を使わず動詞に直接つけられるものもあります。変化を表すもの、「~際に」と近い意味の「V-にあたって」などです。

     産業が発展するとともに、人口も増加した。

     台風が近づくにつれて、雨が強くなってきた。

     奥に進むに従って、穴が小さくなっていく。

     記念式典を始めるに当たって、一言述べさせていただきます。

 以上のものは、格助詞相当句の部分も含めて連用節とみなし、「55.その他の連用節」でも扱いました。

 並列助詞の「と」や「や」ももちろん名詞節と共に使われます。述語は動詞に限りません。ここで形容詞の例などもあげておきます。

     会社を辞めることや、世界旅行に出ることなどを夢見ています。

     ナイターを見るのと、テレビゲームを子どもとやるのが好きです。

     お皿を洗うことと、お風呂をわかすことは、主人の役目です。

最後に、連体修飾の「の」。「名詞節+の」というのは、書きことばとしてはごくありふれた形です。もちろん、「こと」を使います。

     物価が下がったことの影響 が出てきた/は大きい。

     科学が発達したことの意味を考え直してみたい。

     女性が強くなったことの評価は人によって違います。

           

57.2.9 感情形容詞

   悲しい、嬉しい、恐い、心配だ、恥ずかしい

感情形容詞は「の」と「こと」の両方を使うことができます。節の述語は過去形も否定形もあります。

     彼女が来てくれた の/こと が何よりもうれしかった。

     お金があまりない の/こと が心配だ。

     家族がみな健康な の/こと がうれしい。

 感情の主体を表すには、形容詞のほうは「私には/私にとっては」などのように「に」が表れ、動詞では「私は」になります。

     私には、お金がありすぎることが不安だった。

     私は、母の体が弱いことを心配していた。


57.2.10 判断・評価・態度・難易などを表す形容詞・名詞述語 

    真偽  正しい、間違いだ、うそだ、確かだ、明らかだ、事実だ

    評価  正しい、当然だ、間違いだ、必要だ、大切だ、重要だ

    難易  難しい、やさしい、無理だ、大変だ、かんたんだ

 事柄に対する話し手の真偽判断、評価を表す形容詞、それに難易を表す形容詞、そして同じような意味を表せる一部の名詞です。「真偽判断」というのは、そのことが本当に起こったことかどうか、ということです。「評価」というのは、それをすることがよいことかどうか、つまり是非を問うことと、重要性などを問うことです。「難易」とは、それが難しいことか、簡単なことかという判断です。

 一部を除いて「の」と「こと」の両方を使うことができます。名詞節の中の述語は過去形にも否定形にもなります。それだけ、具体的な事柄の描写になっています。

 なお、名詞述語のものは、あとで「名詞節を含む名詞文」として再びとりあげます。


[真偽]

「という」の使い方で「評価」と分けられます。「真偽」の「正しい・間違いだ・うそだ」は「という」が必要です。

 「真偽」の「正しい・うそだ」では「の」が使われます。

    × 彼がそこにいたのは うそだ/正しい。

     彼がそこにいたというのは うそだ/正しい。

 「正しい」で「という」を使わないと、次の「評価」の例となります。

     彼がそれを話さなかったというのは正しい。(本当だ、事実だ)

     彼がそれを話さなかった こと/の は正しい。(よい選択だった)

 つまり、「真偽」の「正しい・うそだ」は、名詞節の内容が事実だという判断についてその真偽を述べているのに対して、次の「評価」の「正しい・当然だ」などは、その行為がよいことかどうか(の話し手の判断)を述べています。「評価」の場合、「という」を使っても同じです。

     彼がこれを選んだ(という)の/こと は正しかった。

     彼女が証言を拒否した(という)の/こと は当然だ。 

「間違いだ」も、「正しい」と同様に二つの意味があります。「という」の使い方も同様です。

     強制連行はなかったというのは間違いだ。(本当にあった)

     だいたいあんたがここにいる(という)のが間違いなんだ。(いるべきでない)

 上の例は「真偽」を表し、下の例は「評価」で「という」が使えます。

 「確かだ、明らかだ、事実だ」などの場合は、節の中の述語は形容詞でも名詞述語でもかまいません。「だ」は「こと」の前では「である」または「な」にします。

     ここに誰もいなかったの/こと は確かだ。(明らかだ、事実だ)

     彼女が無実である こと/の は事実だ。

     それが誤りな こと/の は明らかだ。

     それが嘘だった こと/の は確かだ。

 「という」を使えば、「だ」のままでも可能です。

     それが誤りだという こと/の は明らかだ。


[評価]

 「評価」の「正しい・当然だ」の例はすでにあげました。「こと/の」を使います。「必要だ・大切だ」などでは「の」だと不自然です。「という」はよく使われます。

     彼がこれを選んだ の/こと は当然だ。

     日本政府が責任をはっきり認めることが 必要だ/大切だ。

     調査は徹底した調査である(という)ことが重要だ。

     その時あいさつをしなかったのは よくない/失礼だ/問題だ。


[連体節と名詞節]

ちょっと気をつけなければいけないのは、「彼が言ったことは正しい」の場合、二つの意味に取れるあいまいさがあることです。

「彼がある発言をした。そしてその内容は正しい」の意味ととれば連体節になり、ここで扱っている名詞節とは違います。「彼がある発言をしたことは正しい」の意味なら、「黙っていないで話した。その判断・行為は正しい」という意味で名詞節です。


[「Nに」をとる形容詞]

態度・必要などを表す形容詞は「Nに」をとりますが、そこに名詞節が入ります。

     その子は砂で山を作ることに夢中だった。

     子どもを育てるのに精一杯で、他のことができません。

 「必要だ」などは「51.目的」で「V-のに」としてとりあげました。    


[難易]

 「難易」の例を考えてみましょう。

     私には、朝6時に起きるのは大変なんです。

     男にとって結婚することはかんたんだが、離婚するのは大変だ。

     言語能力を解明する(という)ことは非常に難しい。

     そう言うのはやさしいが、実行するのは困難だ。 

形容詞が名詞節をとっているわけですが、形容詞の補語のところで見たことと基本的には同じです。例えば、

    [こと]が 大変だ

    [こと]が [人]に 大変だ

の[こと]のところに名詞節が入るわけです。「大変」は「こと」よりも「の」のほうがぴったりします。「こと」を使うと、「~ことは大変だ」よりも「~ことは大変なことだ」とするほうが落ち着きます。他のものは、多少の自然さの違いはありますが、「こと」でも「の」でもいいでしょう。

 節の中の述語の主体は「Nに」「Nにとって」などで表されますが、一般的な「人」である場合は省略されます。

 この文型の難しさは、次のような形にもできることです。

   a 外国人がこの本を読むのは難しい。

   b 外国人には、この本を読むのは難しい。

   c この本は、外国人が読むには難しい。

aが一応「元の」形と考えられるでしょう。名詞節の中に「外国人が」という主体が入ってしまいます。それを主題化したのがbで、これは初めにあげた例文の形です。cは名詞節の中の「Nを」を主題化したもので、しかも「難しい」の前の助詞が「~には」になっている点が独特です。

     この本は、外国人が読むのはちょっと難しいね。

とも言えそうですが、「~には」のほうが安定するでしょう。また、

     この本は、初級の学習者が読むには漢字が多すぎる。

     この家は、一人で住むには広すぎる。

という例では「~のは」は不自然です。

 この「には」は「51.目的」の「51.4 V-には」に近いものです。そこでは「評価の基準」(「3.6 形容詞文の補語」の「Nに」参照)と考えました。上の例も目的の「V-には」と同様に「V-のには」とすることができます。

     この本は、外国人が読むのにはちょっと難しいね。

そう考えると、上のcの例は、

     この本は難しい

という基本的な形に、「評価の基準」を表す連用節「V-には」が加わったもの、ということができます。

 

[文副詞との関係]

 以下の形容詞は、文頭に使われる「評価」の文修飾の副詞(句)と、意味の面だけでなく構文の面でも密接な関係があります。

   幸いだ・幸い(にも)・幸いなことに

   あいにくだ・あいにく・あいにくなことに

   幸運だ・幸運にも・幸運なことに

   残念だ・残念なことに

   うれしい・うれしいことに

   素晴らしい・素晴らしいことに

   信じがたい・信じがたいことに

 まず、名詞節を受ける例。

     けがが軽くてすんだことは 幸い/幸運だった。

     途中で雨が降ってきたのは あいにく/残念だった。

 文修飾の副詞(句)を使った例。

     幸い/幸運 (にも/なことに)、けがは軽くてすんだ。

     あいにく/あいにくなことに/残念なことに 雨が降ってきた。

 この二つの表現は、「何があったか」「話し手はどう思ったか」という点では同じ内容です。ただし、文脈の中でどこが新しい情報になっているかという点が違います。

     「彼はまだ病気ですか」「幸いに、病気は治りました」

    ?「彼はまだ病気ですか」「病気が治ったのは幸いでした」

後の例では、聞き手は「病気が治った」ことをすでに知っている、ということを前提にして話しているので、自然な流れになりません。

 この「~のは/ことは~だ」の文型は、文のある部分に焦点を合わせるという点で、あとで見る「強調構文」に近いものです。強調構文では「こと」は使いませんが。

以上の例は「評価」の副詞でした。次の例は、その事柄の確実さや当為に対する判断が含まれています。

まず、「確かな/に」「確実な/に」「もちろん」など。

     確かに、誰かがここにいた。

     誰かがここにいたの/こと は確かだ。

     もちろん、会費を払ってもらうよ。

     会費を払ってもらうのはもちろんだよ。

     確実に間に合う。

     間に合うの/こと は確実だ。

 それから、「当然」。

     当然、これも持っていくよ。

     これも持っていくのは当然だよ。


niwa saburoo の日本語文法概説

日本語教育のための文法を記述したものです。 以前は、Yahoo geocities で公開していたのですが、こちらに引っ越してきました。 1990年代に書いたものなので、内容は古くなっていますが、お役に立てれば幸いです。

0コメント

  • 1000 / 1000